『Prologue and Memory (Doctor Side)』







「サンプルSは極めて貴重な『希少種』だ。扱いには細心の注意を払うように。」











 


 その日私は、王宮の一角にある、『フォルス研究室』の医療センターで彼を待っていた。

 ほどなくしてそこに、一人のヒューマの少年が入ってきた。
 一見して小柄で細身。どちらかと言えば少女のような顔立ちの少年だった。
 ファイルには14歳と記載されてはいたが、それすら推定事項だ。
 既に肉親は無く、その生い立ちを知る者は一人としてこの世には居ない。
 この少年の出生を裏付けるものは、何も残されていないのだ。
  
 彼は緊張した面持ちでぎこちなく、私に少し頭を下げた。
 そうした彼の態度から、こちらに対する微弱な警戒心が感じられはしたが、表情には攻撃的なものはない。
 まるで只の子供だった。
 とてもこれが、瞬時にして百の単位の人命を奪い、村一つ壊滅させたという、フォルス能力者には見えない。

「初めまして。君が、『サレ』だね?。今日から私が君の健康管理を受け持つことになった。よろしく、仲良くやろう。緊張しないでいいよ。ここには医者しかいない。」
 緊張を解きほぐそうと、努めて明るい口調と表情を作りながらも、私は既に彼を研究対象として観察していた。
 ヒューマの彼に発現した、しかも現存する他の能力者に比して、突出した破壊力を持つというフォルス能力を解明し数値化し、体系づけて記録に残すのが私の仕事だった。
 彼の先祖にはガジュマ能力者でもいたのだろうか。
 外見からはそういう異種族の特徴は一切見られないが。
 いずれにせよ、これから遺伝子レベルで調べていくことになる。
 
「何か不自由なことは無いかい?。ここの暮らしで困っていることとかは?。これからは何でも私に相談するといい。」
 そう言うと『サレ』は当惑したように俯き、小さく首を振った。
「では始めようか。今日は初めてだから簡単な検査からいこう。気楽にね。リラックスして。少し深呼吸してみようか。」
 一切の教育も受けたことのないという彼は、大人しく私の指示に従った。

 戦士に養成されるという彼は、これからあらゆる自我を捨てなければならないのだろう。
 振り返ることも立ち止まることも許されずに、力を磨き、進み続けなければならない。
 だからせめて、その力に押し潰されて壊れてしまわないように。
 私は全力で君をサポートしよう。

 …君を縛り拘束する『枷』にしかなれないけれど。

 彼の力は悪魔の刃か。それとも彼の存在は神が犯した過ちなのか。

 けれどどうか。
 今、私の前にいる無垢な彼の未来に、わずかにでも安らぎがあらんことを。










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