『支配(1)』 







「フォルス能力者一人の力というものは、ヒューマ軍兵士の一個小隊、ゆうに百人の力に匹敵します!。」
 カレギア国の重臣と正規軍将官が列席する、定期軍議の場で、長いテーブルの末席に座していた『侍女』ジルバがそう言い放った。
 思いもよらぬ者からの唐突な発言に、その場は一瞬、静まり返った。
 一斉に向けられた列席者たちからの刺すような視線を一身に浴びながら、ジルバは、むしろ得意げにその座から立ち上がると、身を乗り出すようにして言葉を続けた。
「本日の軍議におきまして、最後の議題となっている、この『西南方面の国境守備』。この問題につきまして、私からご提案申し上げます。バイラスの侵入の最も激しい西南方面の国境守備に関しては、今後、我々『王の盾』に、御一任頂きたく存じます。」
 その言葉に、今度は、重臣たちの列から次々と呆れたような溜息が漏れ、ジルバには容赦の無い軽侮の視線が向けられた。
 軍や戦いのことをろくに知りもしない、たかが女が突然何を言うのかという視線だった。

 しかし数時間にもわたった軍議の中で、ジルバの発言の影響力は大きな波紋を及ぼしていた。
 いつも最重要課題とされながらも、決定的な解決策を先送りにされてきた議題、それが国境周辺の守備に関する問題であるからだ。
 特に『西南方面の国境守備』は深刻で、この場に居る重臣や将官たち全てが頭を抱えていた問題だったのだ。
 ただでさえ広大な国土を有し、周辺には海や砂漠や懸崖の地も有するカレギアを、バイラスの侵攻から完璧に守備すること。
 年々凶暴さを増しているバイラスを相手に、それこそ半永久的に完璧に守り続けること。
 これを成すために、国境に常に多くの人員を配備しなければならず、財政は多くの予算を割くことを余儀なくされていたのだ。
 バイラス相手では、単純な武力と物量をもってこれに抗するしか手段が無いという、必然的な難題であった。
 一向に解決を見ない議題と、長時間に及んだ軍議に全員が疲弊し、ことに最近、身体の変調の目立つ国王ラドラスは、その表情こそ冷静さを保ってはいたが、相当の疲れを隠せない様子だった。

 これまで、国境守備の役割を一手に担ってきたのは『カレギア国正規軍』である。
 最近、二十歳という異例の若さをもってカレギア正規軍を統括する将軍位に抜擢されたミルハウストは、その出自の正しさから、七光りの将軍位という、ありきたりの揶揄や嫉妬をものともせず、国境守備隊や辺境の部隊たちを巧みにとりまとめ、実をもって証明していた。
 そして更には、最も困難とされる西南方面の国境の守備をも確実に成し遂げることをもって、王国への忠誠の証とし、重臣たちへの牽制とするべく、軍備の増強を図っていた矢先であった。
 今年に入ったあたりからか、何かの不吉な予兆のように、周辺のバイラスは急激に増加し出し、正規軍に決して軽微と言えない被害が出始めているのである。
 広い国土を守護するためには兵力は分散し、人数も弾薬も物理的に不足する。
 知能が低いことを除けば、本来ヒト以上の戦闘能力を備え、日々増殖し続けるバイラスを、殲滅しきるということは、いかに精強な正規軍をもってしても困難を極め、現状的には、国境付近によりつかないように守護するのが精一杯であった。
 そんな現状を踏まえて、数時間にも亘った軍議の最中にジルバは、まるでこの時を待っていたとばかりに、自己の組織である『王の盾』についての提言をしたのだ。

 今、国王ラドラスに最も近い位置に座し、ジルバの発言と、それに続いた重臣たちの反応とを静かに見ていたミルハウストに対し、次第に列席者の視線が向けられ始めていた。
 それは、『不遜な侍女』ジルバに対して、何かを言ってやってくれという期待が込められた視線ではあったが、そればかりではない。
 この場の重臣には、『将軍ミルハウスト』を好ましく思わない者も少なからず居るのだ。
 そういったカレギア王宮の中枢で古くから幅を利かせる貴族達の眼の中には、先程のジルバの発言の先に続くものがどんなものか、見てやろうと期待する陰湿な好奇の光が現われ出していた。
 それはジルバに対する揶揄やからかいの視線ではあったが、同時に、これまで国境守備という、いわばこの国の柱ともいうべき役割を一手に担い、国力の象徴 でもある正規軍、すなわち「将軍ミルハウスト」の反応を窺い、その誇りをくじかれる現場を見てやろうと期待する陰湿な視線でもあった。

「ここに御列席の皆様が、我が『王の盾』の戦闘能力というものに関して、疑問をお持ちのことは、よく存じ上げているつもりであります。」
 宮中にはびこる実無き権力者、貴族たちを向こうにして、武をもって実の名を為さんとしているという意味においては、ジルバの立場や覚悟はむしろミルハウストに近いのかもしれなかった。
 だが、伝統や格式を何よりも重んじるカレギア国家においては、「正規軍」と「王の盾」とでは、その立場の意味合いが異なり、天と地ほどの差がある。
 そういう中で、ジルバは今、全てを敵にしても「正規軍」を出し抜いて国境守護の役割をかって出る形になることが必要なのであり、そうである以上、『王の盾』は、あきらかに異端の存在であった。

 『正規軍』という組織は、その性質上、将官となるには、貴族階級か領主階級の出自が求められ、将校と一般兵とは、その宿舎までも厳しく区別されている、いわば階級社会の象徴のような組織である。
 厳しい試験をパスすれば、庶民階級から将官になる道もあるにはあるが、それでも現実的には、辺境警備の将官どまりがせいぜいであった。
 こんなふうに、身分社会による厳格な階層構成を秩序として成り立つのが正規軍であれば、王の盾はこれと対照的な組織である。
 出自も経歴も一切問わず、ただそのフォルス能力のみをもって国中からかき集められた、いわば『出所いかがわしい者達ばかりで構成された組織』が『王の盾』なのだ。
 そして、長きに亘った階級制度の歴史の中で、自らの身分をもって地位を得、財を成してきた者たちにとって、この軍議の間において、国王の前において、新たなる権力が出現していく様を見せつけられるということは、疎ましくも脅威であった。
 『王の盾』を構成するのは、これまで支配してきた階層の者、身分の卑しいもの。
 こんなものは到底認めるわけにはいかない。
 せめて正規軍の支配下にでも置けないのなら、いっそ叩き潰してしまいたいと思うのは、この場に居合わせた貴族全員の、共通の欺瞞に満ちた自己防衛的感覚であった。
 そういったいわば敵だらけの状況にあってすら、今、ジルバは一歩たりとも退かなかった。

「重臣の方々。本日、この最後の議題、一向に結論に導かれず、皆様、大変お困りのご様子。このように、重臣の方々が皆黙り込んでおられては、軍議が収束す ることもかないません故、私がこのように末席から申し上げるのでございます。国境から侵攻し、我がカレギアの国土を脅かすバイラスは、日々増殖し、しかも 凶暴性も増しているのは周知のこと。これはもう国境守備だけでは、埒があかないことは、皆々様よくご承知のはず。はっきり申し上げて、国境のバイラスを追 い払うためのだけに人数ばかりを割いていては、いくら時間と金をかけたとて、きりが無いというもの。これはもう、根本的に間違っているのでございます。こ れらを全て我ら『王の盾』におまかせいただければ、一週間で、西南方面の国境付近のバイラスを全て殲滅させることを約束しましょう。」
 言い方はいちいち挑発的ではあったが、具体的な数字を示して断言されれば、今度は先程のような溜息は聞こえてこなかった。
 凍りついたように場がシンと鎮まり返り、沈黙が重くその空間を支配した。
 重い沈黙の中で、どちらかと言えば、品性の無い溜息をつきながら、ジルバは場の流れを読むように、ミルハウストの方に視線を向けた。
 次なる反応を促す意図を含んだ視線だった。
 この場の列席者たちから、『反論』も『賛同』も実のある反応を得られないのなら、こんどは相対する組織『正規軍』であるミルハウストから直接の言葉を引きずり出し、それを今、この場で打ち砕いてやろうとばかりの勇んだ視線だった。
 今、ジルバの視線の先にあって、敵として打破すべき者。それはこの場に居合わせる、自らの保身に熱心な貴族達であることは、ジルバとて分かってはいたが、形式上、正規軍を出し抜かねば、権力は得られない。

「…確かにフォルスの力というものは、目を見張るものがあると認識している。」
 場に満ちた異様な雰囲気の中、ミルハウストは静かに言った。
 しかしその言葉を受けるや、まるで機械仕掛けの人形のように、全員がぎこちなく考え込むように首を傾げ、この雲行きのあやしくなった軍議のなりゆきを見守り出していた。
「しかし、実際にその力を使い、操るのは、あくまでも一人の能力者だ。所詮、一人の生身の者に、これまで一個の軍隊が組織的に担っていた役割を与えたり、 ましてや大量のバイラスを駆逐するまでの、いわば大量破壊兵器としての力を望むのは、過度の期待であり、非常な重荷であると言わざるを得ない。」
 ミルハウストは慎重に言葉を選んだ。
 ジルバの感情を逆なでする気もなければ、ここにいる重臣たちの「悪意ある」好奇の的になる気もなかった。
 政は理屈をもって行い、決して感情面に囚われてはいけない。新しい力の出現は必要かもしれないが、格式や伝統や秩序はないがしろにできない。
 それが少なくとも表向きにおいては穏健派であるミルハウストの立場だった。

 ミルハウストの言葉に、やや気勢を削がれたのか、ジルバが唇の端だけを上げ、曖昧に、二三度頷いた。
 しかし少し、思案するような仕草をした直後、今度は明らかに敵意をもってミルハウストに向けて言葉を発した。
「…およそ将軍閣下らしからぬお言葉。その武をもって知られる閣下ほどのお方が、それほどまでにヒト個人というものを弱いものであるとお考えとは、このジ ルバ、到底、存じ上げておりませんでした。将軍閣下を始め、この場においでの特にヒューマの重臣の方々には、大きな誤解があるようですから、この場で申し 上げたく存じます。ですが決して、誤解なさらないようにお願い申し上げます。フォルス能力の存在を、その身に受けないヒューマの御歴々が皆、その実用性に 関して、疑問や不安をもたれることは無理からぬものであり、我々とて、それは重々承知しております。…フォルスというものは、何も特別な超常能力などでは なく、元来、厳しい自然環境の中で生活してきたガジュマという種族が、その環境の中で生き抜き繁栄していくために神が与えた必要な生活の力、とでも言うべ きものなのです。ガジュマの中でも、ごくごく一部にしか発現しないものであることや、その力の多様性や強弱にかなりの個人差があることから、どちらかとい えば神がかったものとして秘匿され続けたことから、未だに科学的な検証を行う機会がなかっただけのことであります。ですので、我々ガジュマの能力者にとっ ては、皆様が、物を目で見、手で道具を扱う、そういう、日常成し得る力と同じものであると、認識しているのですよ。」
 そしてジルバは「ですから!」とわざとらしく強調し、国王の方に向き直った。
「ですから先ずは論より証拠!。我々がただのまじない集団などではないことを皆様に証拠として御覧にいれたく存じます。これまで皆々様が不安に思われてい たフォルスの兵器としての実用性に関し、証明する機会をお与えください。我らは、フォルス能力者たちが確実に、個々の力を制御して発揮できる合理的なシス テムというもの構築し、これを確実に管理することに成功しているのです。フォルスというものは既に実用兵器なのです。もはや剣や槍のみで戦う時代は去った のだ、と申し上げておきましょう!。」
 最後の一言に、一気にその場はざわめいた。
 大半は、批判の憤りであり、否定の怒りだった。
 不遜だ、何様だ。
 そうはっきり声に出す者もいた。
 何代にもわたって『カレギア正規軍』に将官を輩出した貴族達が、その権勢の源たるものを、『たかが侍女』と、いかがわしい身分の集団である「王の盾」に否定されるのである。
 戸惑い、感情的な批判ばかりがその場に満ち、怒りにまかせたざわめきに軍議はついに収拾を失い、ラドラス国王は側近に命じて閉会を告げた。
 紛糾した軍議は、ただ後味の悪さだけを残し、国王の側近の言葉を合図に、重臣たちは、口々に不満を呟きながらばらばらと早足で退出していった。

 末席に座していたジルバは、次々と退席していく重臣たちの列を無表情に見ていたが、ふいに、やれやれといったふうに笑みを浮かべ、次いで、長いテーブルの、国王に最も近い位置に座していたミルハウストの方を向いた。
「…全く、何も知らないのは、一体、どちらなのでございましょうな。毛嫌いばかりなさらず、一度でも我が『王の盾』の力に眼を向けてみれば分かることでしょうに。」
 ジルバはつぶやくようにそういうと、芝居がかった仕草で両腕を前に突き出した。
「実を見ず、人を見ず、力を見ず。格式と兵の数と見栄えばかりにこだわり、ただ高邁なだけの様式と伝統にもたれかかったその階級制度とやら!。そんなもの に頼って、この国の重鎮を担ったつもりになっているのなら、いつか足元をすくわれても仕方のないこと。見えない聞こえないフリをしていても、所詮、事実は いつも一つだけなのでございますよ!。」
 その言葉にミルハウストは思わず息を呑んだ。
 瞬間、かなり気まずい沈黙が二人の間に交錯した。
 それは、ミルハウストだけに向けた言葉ではない。
 この伝統と階級社会をもって何世代も続いたカレギア国家そのものへの挑戦だった。
 
 側近に促され、ミルハウストは無言でその場を辞した。
 背後の政務の間からは、一人残ったジルバの笑い声が聞こえてきた。
 品の無い、ミルハウストがこれまで、自分を取り巻くいかなる環境においてすら覚えのない、この世の全てを馬鹿にしたような笑い声だった。










To be continued…






2005 1120  RUI TSUKADA



  厳しい階級制度の中では、その出自をもってその一生までも決められてしまう。
 そんないわば不平等が秩序である国において、『選ばれし者』ミルハウストは将軍位につき、やがて『王の盾』と、ヒューマ能力者サレを知ることになります。
 ミルサレだ〜!。
 ミルハウストの中にある矛盾と欺瞞と醜さを少しでも書けたらいいなと思ってます。
 とりあえずいま少し、続きます。