『覚醒』
目の前に赤い紗がかかった。
骨の軋むような鈍い音が鳴った瞬間、横っ面に激痛が走り、ぐらりと身体が傾いだ。
よろけた身体はしかし、倒れる前に、別の男の手によって今度は胸倉を掴み上げられた。
引き摺るように身体を起こされてからまた突き飛ばされる。
固い地面に突っ伏し、強く打ち付けた胸を庇いながら、自分の呻きを耳のすぐ傍で聞いた。
うずくまった身体の真上から暴力が絶え間なく降って来る。
腹を何度も蹴り上げられ、その都度煮えるような痛みが身体全体に刻まれる。
けれど直接の痛みよりも、蹴られるときに胃袋ごと抉られるような吐き気の方がきつかった。
歪んだ視界の中で見下ろしてくる複数の人間の目は、どれもこれも悪意しかなく、次にどこから殴り蹴られるのかもわからずに、恐怖に気持ちは竦んだまま、
せめて次の衝撃に備えて身体に気を溜めることしかできない。
髪を掴まれ、そのまま頭を持ち上げられる。
自分の倍もあるような大人の腕に掴まれて、軽い身体は、容易く反り返る。
不自然な体勢のまま頭を持ち上げられ、真正面から罵声を浴びせられて、また地面に強く叩きつけられた。
されるがままに額に受けた衝撃は脳まで揺らし、一瞬、気が遠くなりかけたが、背中を蹴られた痛みに意識は無理に引き戻される。
痛みを感じることだけを許されたかのような身体は、もう理不尽な暴力を堪え防ぐことすらおぼつかない。
打ちつけられたときに切ったらしい額から流れ出る血のぬめりを感じ、暗く淀んだ絶望感がふつふつと湧き上がる。
頭の芯から走る痺れのようなもの、それが唯一、自分にはまだ命があるのかということの手がかりだった。
「…この悪魔が!。」
喉の奥から無理に吐き出したような、妙に甲高い声が頭上から聞こえる。
そう呼ばれるのはこれで幾度目か。
けれどそう呼ばれるに自分が値する人間だと思ったことはない。少なくとも本当に『悪魔』であるならば、こんなに簡単に一方的にねじ伏せられ、うずくまっ
たりしないはずだ。
「これで何人目だ?、こいつの、…気味の悪い力を見たのは。」
別の声だ。
しかしそう思った直後、今度は後頭部に強烈な衝撃が加えられ、続いて力任せに踏みつけられ、額が地面に押し付けられる。
「今まで、お情けでこの村に置いてやったが、もう限界だ。お前のような気味悪いガキは今日限りで出て行け!。ここから叩き出してやる!。」
どこぞの小悪党が吐くような安いセリフだと思った。
言われるまでもなく、こっちから願い下げだ。出て行ってやる。
そう言ってやりたかったが、顔を地面に押し付けられた状態では呼吸すらも自由にならない。
踏みつけにした足にさらに力がかかる。頭が割れそうに痛む。口の中に泥が入り込む。じゃり、っという嫌な音がして、唾液と混ざって頬にこびり付いてい
く。
泥は鉄錆の味がした。散々に殴られ、もう口の中は血だらけだった。
殺される。
そう思ったが、このまま頭を砕かれ死んだとしても、死体は適当に埋められる。そして次の瞬間には、自分という存在は最初から無かったことにされる。殺さ
れたことすら無かったことにされる。
朦朧としてきた意識の中、その悔しさだけで、サレはわずかに身じろぎ、踏みつけてくる足に手をかけて、ゆらりと頭を起こした。
どうせ死ぬくらいならと無言のまま、サレは正面に居る男を見据えた。
次なる暴力へのすさまじい恐怖はあったが、半ば自棄だった。
歯を食いしばり、獣のように地面に這いつくばったまま、眼前を見据えた。
蹴られる。そう覚悟したが、蹴りは飛んでこなかった。
代わりに、ざわりと、急激な熱をもって自分の目の前の空気が歪んだのが解った。
「…ガキのくせに。」
低い声だった。怒りに露骨に震えている。
「大したもんじゃねえか、こんなこと、何ともありません、って顔してよ。」
妙に上ずった声の後に顔面に何かが飛んできた。
それが男が吐きかけた唾であると知ったとき、屈辱のあまり目の前が真っ赤になった。
再度睨み上げようとしたが、次の瞬間、ものすごい衝撃に突き飛ばされた。
「往生際のわるいガキだ。まだ殴られ足りないのか。」
「…ッ。」
突っ伏したところをめちゃくちゃに踏まれる。革靴の硬い感触が頬に当たり、痛みと恐怖に目を固く閉じた。
しかし、すぐに顔面を蹴リ上げられ、よけることもできずに口の中いっぱいにまた、新しい生臭い味が広がった。
肩の下あたりにものすごい衝撃が湧いた。
硬い棒のようなもので殴られたのだと思った。呻き息を詰まらせたが、同じところに幾度も衝撃は加えられた。
殴られ蹴られるままになるしかなかった。
腹をかばおうとしても、そこを狙ったように足先が入り込み、身体をひっくり返される。
まるで物のように転がされ、仰向けの状態にされ、顎を蹴られたときには、頭が捩れるほど揺れた。
もう身体は焔に包まれたように不自然な熱をもっている。
踏みつけにされて内臓を破壊されるような重苦しさに耐え切れずに嘔吐した。
視界が霞み、やがて意識が途切れ途切れになってくる。
けれど、絶望感に冷え切った頭の隅の方に、妙に冷静なある一点がある。
これだけは。というふうに、唯一それだけが、命を繋ぐ術のように、懸命に自分を取り囲み暴行を加える男たちに対する呪いの言葉を繰り返していた。
殺す。
殺す。
ぶっ殺す。
絶対に殺す。
お前ら、一人残らず。
必ず殺してやるから。
ふいに自分を殴り、蹴っていた男達が動きを止めた。
「…。」
終わりにしてくれたらと思わなくもなかったが、相変わらず、男たちが自分をぐるりと取り囲んでいるところから、まだリンチは続くらしい。
「まだ生きてやがるな。」
「よし、あれを持ってこい。」
妙に上気したような男の声が聞こえる。
意味が判らず、頭を無理に上げたサレの眼が驚愕に見開かれた。
見上げた視界には、真っ赤に灼けた金属製の鏝があった。
それは、異端審問が行われていたような昔、有罪の判決を受けた者に対して与えられたと言われる刑罰。
手の甲に、罪人を意味する言葉の頭文字である『X』の焼印が押すというもの。
今では『磔』や『火刑』なんかとともにとっくに廃止され、せいぜい昔の記録か人々の記憶の片隅くらいにしか残っていないものだ。
そんなものを今になって。
「い、嫌、だ…ッ。」
サレは全身を硬直させ、初めて恐怖を言葉にした。
両腕を掴む腕から逃れようと、懸命に逆らう。
しかし、両腕を押さえ込んだ男は、サレの抵抗を見ると、まるで新しい獲物を見つけたかのような狂気じみた喜悦の声をあげて、さらにそこに力をかけてく
る。
「…ッ。」
サレの身体から右腕が無情に引っ張り上げられた。
肩に走った痛みに呼ばれて目尻に涙が浮かんだ。
「うう。」
抵抗は封じられ、うつ伏せにされ、右腕を伸ばした状態で、地面に抑えつけられた。
「せいぜい暴れろやガキが。お前みたいな悪魔にはこれがお似合いだよ。」
その言葉を耳のすぐ傍で聞き、自分の押さえつけられた両腕のすぐ真上に、焼印を押す鏝があるのだということが知れた。
視線の端に、真っ赤に灼けた鏝から白い煙がゆらりと立ち昇るのが見えた。
それがじりじりと押し伏せられた自分に近づけられる。
恐ろしい熱の気配が近づくのわかる。
叫びを上げて無我夢中に逆らったが、しかし叫びは上から押さえつけてくる複数の悪意の腕によって、無残に押しつぶれた。
足をばたつかせて必死に抗うと、靴の踵で足首を思い切り踏みつけられた。
その骨ごと砕くような激痛に悲鳴を上げたのと、その灼けた鏝が手の甲に押し付けられたのと、どちらが先だったのかはわからない。
肉を焼かれるときの音、匂い、そんなものがあまりにもリアルに自分の眼前に死の恐怖を伴って閃光のように貫いた。
絶叫が迸る。
目を限界まで見開き、その瞬間に自分が何を叫んだのか。
ただ、かすみゆく視界の中、自分がずっと繰り返していた言葉だけが妙な鮮明さをもっていた。
殺してやる。
殺してやる。
殺してやる。
腕ごと引き千切られるような感覚に、意識が吹っ飛んだ。
視界が弾け、一切が白くなる。
死ぬのか。
死ぬんだ。
こんな、くだらないことで、
こんなつまらない連中の手にかかって。
何の抵抗もできずに。
虫けらのように、意味もなく、死ぬんだ。
ただ、他の人間と少し違っていたという理由だけで。
それが邪魔なのだという理由で。
頬にあたる雨粒がサレの意識を浮上させた。
その肌を叩くような感覚に雨足はかなり強いことが知れる。
ボロ屑のようになった体は、動かすこともできなかったが、全身に浴びた雨の冷たさに、次第に思考が戻ってくる。
緩慢な動作でなんとか手足を動かしてみたが、全身、打撲や裂傷だらけで少しみじろくだけでも激しい痛みが走った。
散々に引き摺られたせいで、服は泥にまみれてボロボロでボタンはもうほとんど残っていない。
「…。」
サレはしばらくその場で雨に打たれるままに横たわっていたが、やがて何か周囲の様子がおかしいことに気づいた。
さっきから、雨以外の音がしない。
おまけにあたり一面、真っ暗だった。
最初は夜になったせいなのかと思ったが、確か村の入り口の方に引きずり出されて、リンチにかけられていたはずなのに、いくら目を凝らしても家の明かり一
つ見えない。
サレは周囲に人の気配がないことを確かめると、這いずるようにして注意深くその場から少し移動した。
すると、数メートル程度、離れた場所に、何か人影のようなものが転がっているのが分った。
「・・・。」
その「人影のようなもの」がピクリとも動かないことにある連想が浮かぶ。
這いずり近づくにつれ、それが『何』であるか、明らかになる。
心臓の音が耳元で高鳴り、耳鳴りがした。
すぐ傍まで近づいたとき、サレの目は驚愕に見開かれた。
それは、さっきまでサレを踏みつけにし、散々に殴り蹴っていた男たちに違いないはずだった。
けれどもう、誰が誰なのか、判別もつかない無残な死体。手足は引き千切れ、頭が半分吹き飛ばされたようになったもの。首が変な方向に曲がり、汚い肉の塊
でしかないもの。
もう、何人分なのかも解らない肉片が、降りしきる雨の中、あたり一面に転がり、濃厚な生臭さが周囲に充満していた。
「う・・・、げ。」
サレは突然、突き上げてきた吐き気を耐えられず、その場で激しく嘔吐した。
けれど吐くものなど何も残っていない。胃を抉られるような強烈な不快感に呼吸が止まり、引き攣れたように喘ぐ。
頭が割れそうだ。叩きつけるような雨を全身にあびて、必死に胃液だけを吐き出した。
しかしそのとき、視界の中に急に飛び込んできた自分の手の甲の有様に息を呑んだ。
赤黒く刻まれた罪人の烙印。それが瞬時にして思考と感覚を冷たく研ぎ澄まさせる。
闇の中の現実。ここに確かに自分は居る。
生きている。
死んだのは、自分ではなく、さっきまで見下ろし殴り蹴っていた男たちの方だった。
サレはゆらりと立ち上がり、たった今、殺した感情のままに足元を見下ろした。
首が転がっている。
ああ、この顔には見覚えがあるな。
あのときの。地面に這い蹲らされて、見上げたときのあの顔だ。右手の甲を時代遅れな刑具で焼いた男だ。
それがいまや、首だけになって、自分の足元に転がっている。あの瞬間、自分の頭の中で繰り返された言葉もはっきりと覚えている。
サレは無表情のまま、男の半分吹き飛んだようになっている顔に踵を乗せると、そのまま思いきり体重を掛けて、ぐしゃりとそれを踏み潰した。
身体を引きずるようにして、あれからどれだけ歩いたのかは解らない。
視界のまったく効かない暗闇の中で、雨にぬかるんだ道に時折足を取られながら、サレは呆然となってただ、前に前に歩き続けた。
村で何が起こったのかは、おぼろげながら分った。
周囲に転がったもやは人間の形をしていない幾つもの死体。
切り裂かれ、引き千切られたようなもの。
周囲の民家も何もかもなぎ倒されたようになっていて、どこにも生きている物の気配が無かった。
全て死に絶えていた。
『化け物』と。『悪魔』と呼ばれた『例の力』が出たんだ。
そうとしか考えられなかったが、今までにここまで大きなことが起こったことはなかった。
『力』の正体は自分にも分からないし、本来ヒューマには発現しないと言われている『力』が、何故自分に備わっているのかも解らない。
何もかも解らないことばかりだったが、とにかく、ここから離れなければ。
見つけられれば、今度こそ本当に殺される。
その気もちひとつで、サレは暗闇の中を歩き続けた。
痛めつけられた身体は、一歩踏み出すたびにみぞおちとわき腹に鈍い痛みが走る。
踏みつけにされた足首は不自然に熱をもって刺すように痛む。
あれから随分、時間が経っているのだとは思ったが、月も出ていない夜では、今がどれくらいの時間なのか見当もつかない。朝が近いのか、それともまだ夜中
なのか。けれど夜が明けてしまったら。
おそらくあの村のことが周囲に知れて、また誰かが自分を捕まえにくるのだろう。
一言の反論も認められず、散々に蔑まれて今度こそ本当になぶり殺しにされるのだろう。
逃げなければ。そう逸る気持ちはあったが、こんな状態の身体では、たとえ時間をかけたとて、大した長い距離を移動できるとも思えない。
サレはふと、自分のこの『逃亡』の行動が、意味の無いものなのではないかと思い至り、足を止めた。
それは冷え冷えとした絶望感だった。
一度立ち止まってしまうと、全身から痛みが込み上げてくるようで、もう一歩も前へ進めなくなる。
先ほどからずっと、ズキズキとこめかみのあたりで脈を打つ頭を懸命にもたげ、雨の降り注ぐ暗い空を仰いだ。
暗い雨空に右手をかざしてみた。
自分には何も無かった。
あったのは、『化け物』と呼ばれた力。とっくの昔に自分を捨てた親。
そしてその挙句の烙印だけだった。
「…ぐ。」
呻きのような声が咽から上がったが、それは嘆きのためではなかった。
空っぽの自分。もう、泣くことすらできない。
泣き方すら忘れてしまったかのように、サレはただただ、目を見開き、空を仰いで雨を全身に浴びた。
そうだ、本当に自分は『化け物』なんだ。
どこに逃げたって、結局、居場所なんかありはしない。
この力が知れてしまえば、正体がばれてしまえば、またすぐに同じことを繰り返すだけなんだ。
ならば、いっそこのまま死んでしまえないだろうか。
雨に溶けて、そのまま水に混ざって、流れていって。
意識だけになって、誰にも見られず、誰にも知られず。
けれどそれでもやっぱり自分は恨みの塊みたいになって漂うのだろうか。
そう思ったときである。
「おい、そこのお前っ!。」
ふいに暗闇の向こうから声が聞こえた。
サレははっとして、咄嗟に声のするほうを見た。
闇の中、少し離れたところに停められた車から数人の男が降りてくるのが分った。
こっちへ向かってくる。
全身黒ずくめの服を着て、頭から、雨よけのフード付きのコートを被っている。
サレは、前髪から雨粒を滴らせながら、目を眇め、自分の数メートル先にいるらしい、数人の影を見つめたが、はげしい雨と、この闇のせいで、その輪郭すら
もよく分からない。
けれどその中の一人が、「なんだ、子供じゃないか。」と言っているのが聞こえた。
「この先にある村から来たのか?。」
別の声だった。妙に落ち着いた質問口調は、役人を思わせた。
役人か。
サレはふいに現実に引き戻されたように冷めて思った。
村にも居た。いつも口だけ偉そうなことを並べて『人並み』とか、『恥』とか、そんな言葉ばかりを人に押し付けて、少しでも自分たちの価値観や基準から外
れたものを、排除しようとする連中だ。
ああそうか。
誰かが警察に連絡したんだ。
そして、極悪の『化け物』を捕まえに来たというわけか。
しかし、そう思い至った途端、脳のある一点において、思考が急な勢いをもって目覚め出す。
それはリンチを受けていた間中、ずっとサレを支配し、唯一自我を食い止めていたキーワードだった。
殺してやる。
そうだ。どうせ殺されるのなら、この中の一人だけでも道づれにしてやろうか。
「…何か、言ったのか?。おい?。」
俯きながら、じりじりと相手との距離を測り始めたサレに、男の一人が声をかけた。
近づいてくる。
この男さえ殺せれば。
しかしそう思っても、目の前に立っているのは、一人だけではなかった。
たとえ不意をついて、目の前の男に襲い掛かっても、すぐに他の男が加勢する。この傷ついた体で多人数を相手になど、できやしない。
それにこの目の前にいる男たち。一見して、村の連中とは明らかに異なる種類の人間だ。
体が大きく、この威圧感は役人というよりまるで軍人だ。こんなのをまともに相手にして勝てるとは到底思えなかった。
それに疲れきり、気の萎えた今においては、例の『化け物の力』は当てになりそうになかった。
サレは前を見据ながら、新しい恐怖の対象に対して、一歩、後ずさった。
「…ど、せ、殺すなら、今、ここで、に、して、くれ、よ。」
寒さのためか、それとも目の前の数人の威圧感への恐怖のためか、身体が竦み、顔がこわばってしまって、うまく唇が動かない。
けれど捕まって、被害者面をした連中に指をさされて糾弾され、引き立てられて、そいつらの言うままに刑場に連れ出されるくらいだったら、ここでこの、素
性の知れない男たちに殺された方がずっとましだと思った。
目の前の男は何も言わない。
暗さと激しい雨のため、ほんの数m先にいるはずなのに、その表情すら読み取れなかった。
けれど次第に自分と、この正体の分からない男を隔てる空間の、空気のようなものが変わっていくのが分った。
男の口元が、ゆっくりと笑みの形に変わっていくのが分った。
訳もわからず、サレがなおも黙っていると、少しの間を置いて男の口元がゆっくりと動いた。
「やりかえしたいか。」
「え、」
思いもよらぬ言葉にサレは耳を疑った。
「その手。」
言われてサレは、はっとしたように自分の右手の甲を見た。
罪人を意味する『X』の爛れた印は、生々しくサレの右手の甲の肉を抉り、傷の周囲の皮膚は無残に赤くめくれ上がっていた。
「これ、は、」
「烙印、だな?。」
「あ、むら、で、…れて。」
「…なるほど。君はこの先の村を追い出されたというわけか。随分と時代遅れなやり方だが、辺境の村ではよく聞いた話だ。ヒトというものは、すぐに異端の者
を排除したがる。ありがちなことだ。何、君だけに限ったことじゃないさ。…それより、生き残ったのは君一人だけか?。」
「…。」
サレはこくん、とうなずいた。
全身がまだ震えていたが、それは寒さのためだと思い込んだ。
それから数人の男たちは、サレにいくつか質問をした。
質問に対する答えは、一つ一つ、簡略化した形にして向こうが用意してくれるので、サレは殆ど促されるままこくん、こくん、と頷いていればよかった。
こうやって話をしているのは不思議な感覚だった。
ほんのついさっきまで、絶望にまみれて暗闇をさまよっていたのに、今、見知らぬ男とこんなふうに会話をしていることが不思議だった。
確かに軍人のような雰囲気を纏った男たちに対する恐怖があるはずなのに、自分の伝えたい言葉、言いたかったこと、それを相手が先に言葉にしてくれている
ことが、妙な有り難さすら呼び起こした。
顔さえ満足に見えないというのに、敵意が払拭されてゆく。
数人の男たちに囲まれるようになって、サレはまばたきもせずに質問にほとんど首の動きだけで応えていた。
「使いこなすんだ。」
一通り必要なことを聞き終わったのか、眼前の男がぽつりとこう言った。
「つかい、こなす?。」
「そう、その力。我々はその『力』が何であるのかを知っている。君は覚醒したんだよ。」
「…。」
「君の力は、風、…いや、そう、嵐だ。それを使いこなせれば、きっと誰よりも強くなれる。」
「強、く。」
「そうだ。我々は君のような力を持つものを、探していたんだ。」
そう言うと、数人のフードを被った男たちは、呆然と立ち尽くすサレの身体に黒い大きな布地をばさりとかけ、それですっぽりと覆い隠すようにして抱え込
み、そのまま車に乗り込むと、激しい雨の中を闇に吸い込まれるように走り去って行った。
2005 0203 RUI TSUKADA
サレは『嵐のフォルス』を落日前に既にもっていたとのことで、少年期
の差別に基づく過酷な体験によって覚醒した、ということにしてもいいんじゃないか、と思いました。
すべての人に人生があるように、悪人にも人生やドラマはあります。行動には理由があります。
サレは異端の者としての少年期を経て、その力の発現させ、成り行き的に王の盾へ、そして四星への道を歩むことになります。
殺戮が道徳的に非道であることは間違いないですが、そうあるべくなった人にとっては、いちいち罪を認めては生きてはいけんと思います。
サレというキャラクターの持つ狂気を正当化はしないけど、フォローはします(笑)。
なぜって私はその狂気に萌えているから♪。
あとサレの手袋の下にあるものとかさ。いろいろ想像がわきます。ウチのは罪人の証のX印。
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