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ジューダスはロニに背を向けたまま、仮面を持ち上げ、その給水場の横の岩の上に置き、すぐにそのまま振り返った。 ロニはやたらと喉に渇きを覚え、思わず唾を飲み込んだ。 やけに大きな音がして、耳の傍で聞いたような気がした。 「 あのな、そこじゃあ、暗くて見えっこねえよ!。」 思うよりもかなりきつい言い方になってしまったのは、いつものように次の瞬間飛んでくるであろう辛辣な言葉に反射的に身構えたからかもしれない。 「そこで改めて自己紹介とかさ〜、」 なおも意地悪く言いかけてロニは口を噤んだ。 岩場に立ったまま水に入ろうとしないジューダスの表情に困惑のような色が混ざり込んだのが解った。 ロニはそれ以上の悪態を止め、無言でジューダスに近付いた。 距離が狭まるにつれてジューダスの素顔が見えてくる。 水から上がって岩場に立ち、目の前でジューダスを見下ろす。 けれど逆に照らされた月の光のためか、ジューダスの素顔は視界の中でなおも非現実的だった。 まるでこれまで幾重にも厳重に封印され、隠されていたものを、思いもよらぬタイミングで手に入れたときのように、ある種かなりの気まずさにも似た雰囲気 がそこにあった。 こちらの切羽詰った気配がすぐに伝わったのだろう。 見返えしていたジューダスが一瞬、身を強張らせたのが分かった。 瞬時にしてその瞳に微弱な怒りに似た色が浮かぶのを見て取ると、ロニは腕を伸ばして今度はジューダスの腕を掴んだ。 ジューダスはロニの腕を、鬱陶しそうに振り払い、すぐに能面のようにひどく冷めた表情で睨み返してくる。 「触るな。…それとも身体検査も必要だって言うのか?。」 ジューダスは、いつもの辛辣な皮肉を言うときの口調そのままでそう言った。 ロニは、冗談だと言って、笑おうと思ったが出来なかった。 日頃仮面越しのジューダスの容貌について考えてみたことが無かったわけではない。 けれど現実として目の前に対峙したジューダスの姿、存在そのものは到底自分と同じ性をもつもののそれではなかった。 認めまいとして否定し続けた惹き付けてやまない目の前の存在は、自分がこれまでの20年あまりの間に見知ってきたどの人間とも違っていた。 どの種類にも属していなかった。 仮面によって隠されていたのは、ジューダスが隠していたのは、その素顔などはない。 他の何かだ。 それは直感としてのとてつもない違和感だった。 けれどその違和感を埋め、得心のいく言葉をロニは持たなかった。 ひどく気まずくなってしまった雰囲気の中、何かを言おうとしても、言葉が出ない。 先程のジューダスの皮肉の言葉を助け舟にしてしまえばよかったのに、一時に加速してしまったある種の衝動は、どうにも抑えきれないところまで来てしまっ ていて、これを収束する糸口を見失っていた。 相手への興味。むき出しの感情。 相手のことを知りたい、知らねばならないと思う感情にこれほどの急峻さを伴ったことは無かったと思う。 例えばこれまでに好意を抱いた幾人かの異性に対しての気持ちなどとは到底同じものではない。 今、たった二人きりの空間で。ここ10日あまりのうんざりするような日常の生活からストンと落とし込まれたようなこの場、この瞬間、おそらくもう、今を 逃してしまえば、二度とこういう機会にはめぐり合えない。 まるで全てから置き去りにされたかのような砂漠の中にポツンとあるオアシスに、二人きりで居るからだろうか。 それとも冴え返る天上の月にでも当てられたか。単に不慣れなここでの生活に少し頭が混乱したのか。 いや、そうではなく、この目の前の少年に対するある種の興味、それよりももっと温度の高い、おそらく性欲にも近いものは、もっと早い段階にあって、これ までその表面の辛辣さや、日頃交わされる舌鋒の中に、巧みに抑えつけられていただけだった。 「…お前、て、よく解んねえよな。何でそんなに綺麗なもの隠すんだよ。」 上の空の独り言だったが、ロニはジューダスに感じた違和感や、おそらく踏み込んではならない相手の領域を冒したことについて、咄嗟に口から出たのが、先 程のような相手を傷つける悪態の類でなかったことに感謝した。 そしてそれだけ言って、ロニは迷いを捨て去る思いでもう一度ジューダスの腕を引いた。 ジューダスの身体が傾いで、瞬間、唇からもれた抗議の声が、この静寂の中で小さな悲鳴のように響いた。 上げた声と、瞬間寄せられた細い眉が、ロニの内面に沸いた感情を煽り加速させる。 咄嗟に身体を支えようと伸ばした手がジューダスの頬に触れた。 指が容易く肌に食い込んで、初めて触れたその柔らかさはあまりにも衝撃的で、ロニはたまらない気分のまま、抱き上げて唇を寄せた。 不自然な体勢での口付けは乱暴だった。 ひどく焦っていて雑だった。 けれど意外にもジューダスは嫌がることなく、ロニの荒々しい唇を受け入れた。 抵抗されなかったということ。それをもってロニの中で何かが急な勢いをもって弾けとんだ。 唇を重ねてしまえば、それだけでは到底足りやしない。舌を滑り込ませ、て少々乱暴に口腔内を荒らした。 そして抱き寄せた体の、腰のあたりに、やや暴力的な感じで、そして明らかに性的な意図が込められた手つきで触れる。 そうしているうちに、身の中にある強烈な痛みに似た感覚が、沸き起こってくるのを感じた。 ロニは、非現実に高まった感情のまま、ジューダスの上衣のボタンを弾くようにして外し、黒衣の中に手を差し入れ、その胸元を掌でなぞりあげた。 普段日に晒されない肌は月を照らして一層白く見えた。 指に直接感じた滑らかな感触、それらひとつひとつがロニにとっての発見であり、今初めて知るジューダスだった。 強めに抱くと腕の中で身体が跳ねるように震え、その唇が、条件反射のように噛み締められる。 それを見た瞬間、ロニは、我に帰ったようにピタリと手の動きを止め、急いで右手をジューダスから離した。 向かい合い、互いの視線が交錯する。 目の前にある紫色の瞳の中に、日頃のジューダスからは想像もつかない驚愕と微弱な怯えのようなものを今、自分が感じ取れたことを心底ありがたく思った。 わずかな距離に沈黙が流れ込んだ。 それは、くすぶった性的な衝動を押さえ込むのに足りる姿の潔癖さ。行き場を失い、もてあましても、なおも汚してはならない、冒してはならない清さがそこ にある。 壊してしまったら、決して修復しない関係と、失ったものの大きさにおそらくかつてないほど自分は後悔するであろうというブレーキなのか。僅かに残ったな けなしの冷静な部分なのか。 ただ単純に、一方的に奪うようなことはしたくないとの気持ちでロニはジューダスから腕を引いた。 「嫌か…?。」 声は緊張のためか不自然に上ずっていた。 「正直に言えよ、一度しか聞いてやらないから。…俺にされるの、嫌か?。」 問われた瞬間、ロニの意図は強烈な印象をもって理解はできた。 言葉には躊躇いと同じくらいの傲慢さが含まれていて、暴力的なものすら宿ってはいたが、それを押しのけて、ロニは自らを押し留めている。 ロニとの関係を、これまでと変質させる訳にはいかなかった。 ジューダスは、たじろぐような、後じさりしたくなるような気持ちを抑え、かなりの努力をもって能面のような静かな表情でロニの視線を受け止めた。 ここで気づかないふりをしてしまうのも手段だと思った。 はぐらかして、いつものように辛辣に扱き下ろして冗談めかして突き放せばそれでもいい。 けれど向けられた視線の真剣さだけは本物だった。 ロニの気持ちを、互いにとって不本意な形でないがしろにしてしまえば、きっと互いの関係を修復困難なほど壊すことになりかねないとも思う。 別に正しさなど求めやしない。 今はただ、正直でありたいと思う。 日頃の感情のすれ違いや、すぐに険悪になるところや、ついさっきまで交わしたきつい言葉や、唐突に向けられた乱暴な身勝手さや、互いの中にまぎれもなく 存在する熱を孕んだ興味も。 それら全てによって作られた流れそのものに、今は正直に向き合って、翻弄されて、取り込まれてみてもいい。 それはたまたま今日、二人きりになってしまったという偶然に迷い込んだただの誘惑なのかもしれない。 それならば。好意も悪意も疑念も猜疑も。そういう不純物の混ざらない、もっと単純なものであればいいのかもしれない。 ジューダスは俯き加減のその面に、意図的に醒めた表情を作って見せた。 「…それは、溜まったから、僕の身体で処理したい、…そういうことか。」 あまりにも露骨な言い方に、ロニはかっと顔に朱を昇らせた。 「…違ッ!。」 「そうなんだな。」 少し強制するような言い方でジューダスが念を押した。 いいんだ、それで。ジューダスはそう言って、小さく息を吐いてあいまいに唇の端を上げて見せた。 緊張を意図的にとくような仕草だった。 続く行為が、あくまでも単純なものであればあるほど言い訳も容易い。 所詮結論が用意できないのなら、理由は軽くて、単純で、多い方がいい。 ロニに対して隠していることがあまりにも多いから。 いつかは自分の正体もロニに知られるときが来るだろうから。 そのとき不要に苦しんだりしないようにするためには。 ここまで考え及び、ジューダスは自分に言い聞かせるために用意した言い訳があまりにも多いことに内心苦笑した。 けれどそのとき、ジューダスの細く整った眉がわずかに顰められたとき、ロニは、先程の自分の言葉を後悔した。 「お、…俺はそんなつもりで言ったんじゃねえ。お前があんまり…。」 今、無性に、自分を守るためだけの方便で塗り固めた自分を恥じたくなる。 こういうときの結論すら、相手まかせにしてしまった自分の優柔不断さを許せなくなる。 日頃嘘を無性に嫌うくせに、咄嗟に出てしまった自分の言葉を収束させることもできない。 ロニはジューダスの目の前で立ち竦んだ。無様だと思った。 こんなときに何故自分はいい格好をしようとしてしまうんだ。 きっとこういうときの嘘は簡単に見抜かれるんだ。 たとえ相手がジューダスではなくても、今まで重ねてきた出会いの中、いつも自分の偽の思いやりは見抜かれていたのだと。 だから自分はいつも駄目なんだ。 けれど、タイミングを見計らったかのように、ジューダスは言葉を中断させた。 ジューダスは黙ったまま、睫をすっと伏せて、唇に意図的に作った笑みを浮かべ、ロニの首に両手を回し、うなじのあたりに頬を寄せた。 「…安心しろ、…お前だけのせいにはしないから。」 ロニは耳元で囁かれた、明らかな譲歩の言葉と、その頬の柔らかな感触に、ひどくショックを受け、固く身を強張らせた。 「…そんなんで…、いいはずねえって、違うんだ、さっきから、全部、俺が、馬鹿だからっ…。」 ジューダスはその言葉を遮るように、ロニの胸に唇を寄せた。 そして、ロニの胸に鼻をこすりつけるようにし、「汗くさいな。」と、そう言った。 それすらひとつの誘い文句だった。 至近距離で上目遣いに顔を向けたジューダスと見詰め合う。 ジューダスがそっと腕が伸ばし、両の掌でロニの頬を包んだ。 その指の感触があまりにも鋭敏な感覚を呼び覚ます。 「…俺が馬鹿だから、今は。」 辛うじてそれだけ言うと、ロニはまた、乱暴に唇を重ねた。 堰を切った激しさに支配されたかのように、ロニはジューダスの服を剥ぎ取った。 続いてロニは自分のシャツを急いで脱ぎ捨てて、そのまま二人は草に覆われた水辺にもつれ合うようにして倒れ込んだ。 合わせた肌は熱かった。互いの肉体に火がついたかのようだった。オアシスの湧き水は冷たいはずなのに、その水に濡れてもなお、その肌は燃えるような熱さ を失わなかった。 ロニは焦ったように抱き寄せた白い胸に唇を這わせた。 おどろくほど滑らかな肌は水を弾いて、玉のようになった水が肌を伝い落ちていた。 誘われるように歯を立てて、内腿から指を滑り込ませてみると、ジューダスが、あ、というふうに唇を形づくった。 たまらない愛しさに勢いに任せて告白めいた言葉が口をついて出た。 だが、その言葉にはどこかしらの嘘があった。 ジューダスという存在を何も知らない自分。先程ジューダスに感じた違和感。それら全てを含んで、今、ジューダスに対する気持ちすら、言葉に表すことがで きなかった。 惹かれる思いは確かであっても、それは恋とか愛とか、通常異性において育まれるものとはあまりにも異質なものだったから、それを表す言葉がわからない・ 例えば普通の恋人同士がするように、悩みを打ち明けあったり、腕を組んで街を歩いたり、そういったことは、ジューダスと自分には到底無縁のことだった。 激しく求め、その求めに応じてくるのを感じても、その求め合うという行為そのものにすら慈しみは無い。 けれど身体はこんなににも熱く相手を求める。 唯一それだけが真実かのごとく、抱いても抱いても足りなくなる。 言葉がすべて否定に繋がっても、ただ、この瞬間触れ合うことだけが真実だった。 言葉では到底足りやしないのは、他の誰とも違いすぎるからだ。 ロニは、熱に潤んだジューダスの身体をうつ伏せにし、獣のような姿勢を強いた。 「…っ。」 羞恥を煽る体位にジューダスは唇を噛み締めて耐えた。 ロニはジューダスの内腿に指を食い込ませ、そこを大きく割り開き、熱い入り口に自身をあてがうと、乱暴な力をもって後ろから身体を繋いだ。 「ああぁ…ッ。」 ジューダスは上体が崩れるそうになるのを肘で必死に支え、くぐもった呻きをもらした。 ロニはその強烈な締め付けに目を眇めながら、ゆっくりと腰を前後に動かし始めた。 「…く、ジュー、ダスッ。」 内部で絡みつくような感触がロニを急激な悦楽に追い込んだ。 初めて触れた身体にロニはためらいも失っていた。 あたかも挑むように、意識を失わせようとしているかのように、ジューダスの身体を蹂躙した。 こすれ合うときの淫らな音すらも聞こえそうに、激しく突き上げ、その都度汗にまみれた肌がぶつかった。 固く閉じた瞼の裏に、非現実なほどの快美と官能が呼び覚まされる。 殺しちまいそうだ、と頭の中で幾度も幾度も繰り返されながらも、また、うねりにも似た喘ぎの中に放り出されていくようだった。 身体を繋げたまま、苦しげに首を振って水辺に爪を立てて耐えているジューダスの姿を見れば、ロニは自分にも、最後の瞬間が迫ってきているのを知った。 凄まじい絶頂感に自分を失った。その恍惚に深い息を吐いたとき、ジューダスもまた、抗えきれない愉悦に身を小さく震わせていた。 ロニは荒い息を繰り返しながら、ぐったりと水辺に身を投げ出したジューダスの顔を見下ろしていた。 一面墨色の空に浮かんだ雲の切れ間から、銀色の月の光がこぼれ、ジューダスの怜悧な顔をかすかに照らしていた。 その頬がうっすらと濡れていることに気づいたとき、随分、無理をしてしまったのだと思った。 風が吹いていた。 あれほどの蒸し暑さも今は心地よい夜風に押し流されて周囲の大気は清浄さに満ちていた。 水辺の生き物たちの声が、自分とジューダスの居る空間をまるで幻想のように彩っているようだった。 これまでのジューダスに対する苛立ちのようなものが消え去り、今は凪いだ湖面のような穏やかさがそこにある。 関係を変えてしまうにはあまりにも危ない相手だとは思う。 今だけだと、互いがそうしたかったからこうなったのだと。 そう言ってくれたジューダスの優しさのようなものを感じながらもそれに甘えてはならない、甘えてなるものかと思える自分が今は素直にうれしい。 「…ジューダス、お前はすごく俺にとって、謎だらけだけど、その謎ってところもやっぱり好きなんだ。お前は俺に気を使って予防線張りやがったけど、俺はそ んなんじゃ、納得できねえから、お前のこと、余計にもっと知りたくなった。悪いな、ジューダス。」 出会いはどこに行き着くのかは分からない。 ただ、願わくば運命のようなものに導かれた互いであると信じたい。 けれど互いが何者であるのか知る時は、もうすぐそこまで来ていた。 |
2004 0401
RUI TSUKADA |
ふたりっきりイベントは製作者さまの腐女子へのプレゼントだ〜! こういう状況で二人っきりで気分的に盛り上がらないはずがないもんなあぁあ。 なににせよ、ロニジュはワイルドに萌えですッ!。たとえそれが一瞬のすれ違いでも、あるはずのない出会いでも。ロニの記憶には残らなくても。きっとその 想いは永遠だよね! |