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エルレインの手により、現代から10年後のカルバレイスに飛ばされて、早くも10日が過ぎようとしていた。 落とされたのが砂漠の真っ只中であったため、そこからの移動は並大抵の困難さではなかったが、運良くホープタウンの村に置いてもらえることになった。 自分たちの身の安全が確保されれば、今度は、はぐれてしまったカイルとリアラの安否が気がかりで仕方無くなる。 ロニとジューダスは、慣れない環境で、こなさなければならない作業に右往左往しながらも、落ち着かない日々を過ごしていた。 今日も暑かった。 ここに来てから、過ごしやすかった日など無かったかもしれない。 ここのところ連日雨が一滴も降らず、昼間太陽の熱にあぶられた大地は大気に熱を篭らせ、夜になっても気温はろくに下がらない。 昼の酷暑を少しでも凌ぎ易くするため、地面よりも一段低く作られたホープタウンの家は、窓を開け放していても、ときおり生温かい風がわずかに吹き込む程 度で、室内の温度も昼間の熱気を留めて深夜に差し掛かった今でも涼しくならなかった。 おまけに南の大陸特有の、声の高い生き物たちが、わずかな水を求めて近くの水場に集まってくるのか、それらが一斉に鳴く声が狭い室内に充満している。 その嫌味にも一定の調和を持った音の集団が、この室内のうだるような暑さに拍車をかけている。 もう我慢ならない、と言ったふうに、ロニは上体を起こして大きく息をついた。 汗でシャツが背中に貼り付いていた。 煩わしく前髪をかき上げ、まとわりつく寝汗を、枕の横に置いておいたタオルで乱暴に拭った。 咽も随分渇いていた。 「…どうした。眠れないのか。」 薄闇の中で、隣で寝ていたはずの、ジューダスの声がした。 「…あのなあ、…この環境で熟睡しろって言う奴の神経の方がどうかしてるぜ。」 露骨にいらいらした感情を隠しもせず吐き捨てるようにロニは言った。 「…ふん。まあ、眠れないまでも、眼ぐらい閉じて休めておいたらどうだ。明日もどうせ早いんだ。」 その平素と変わらない冷静な口調と正論に、ロニは返事をせず、傍の簡易な木製のテーブルの上においてあった水差しを乱暴にひっつかみ、一気に水を呷っ た。 「…ここの水って、全ッ然、冷たくねえのな。本ッ当にここは…、」 言いながらテーブルの上に水差しを置くガチャンという音が大きく響いた。割っちゃったかと一瞬ロニの動きが止まったが、それよりも今はこの寝苦しさへの 苛つきの方が勝っていた。 「あ〜〜ちくしょ〜!。よりにもよって、こんなクソ暑いところに飛ばしやがって。よくもこんな目に遭わせやがったな!。こんなところ、人間の住む場所じゃ ねえって。」 完全に目が覚めてしまったロニは、もう、声を潜めようとか、そんな余裕まで無くなっている。 慣れない環境に蓄積したストレスは、焦りを植え付けそれは日々増幅し、冷静さを削ぎ落としていく。 こんなところ、一日でも早くおさらばしたい。 けれど自分はこうして今日も朝早くから食事の支度や水汲みを手伝い、頼まれた簡単な修繕もして回ったのだ。 今夜にしても夜が明けて朝になれば自分はやっぱり今日と同じようにここの生活に合わせて行動するのだろう。 為す術なしとはきっとこういうことを言う。 薄暗い部屋の中で、ジューダスが身体を斜めに傾けこちらを向いたことが分った。 「…じゃあ、ここに住んでいる人たちはどうなんだ。そもそもここの連中が好きこのんでここにいるとでも思ってるのか?。」 ホープタウンの住人は、元々、流刑によりカルバレイス大陸に住むことを余儀なくされた天地戦争時代の天上人たちの祖先であると聞いていた。 天上人はカルバレイスの民の先祖ではあったが、天地戦争はもう1000年も昔の、今では伝説上の出来事である。 かつて富裕であった「天上人」はその富をもって荒廃した地上を捨て、新たな大地を創り出し、さらには地上に住む人々を破壊兵器に姿を変えたベルクラント 砲で支配しようとして天地戦争は起こり、結果的に敗北し、この過酷な大地に追われた。 しかしそれが事実であっても、それは遠い昔の歴史であり、今現在のホープタウンの人々が始めたことでもなければそれを実際に見た者すらいない。 ホープタウンの住人は、皆それを不幸な歴史として知ってはいたが、本当は昔の歴史のツケが巡りめぐって回されているだけだと言っていい。 けれど今のロニにとって、差し迫った現状、それを前にして歴史の講釈は何の足しにもならなかった。 「あ〜もう、お前ってどうしてそうなの?、このどうにもならないクソ暑さを前にして歴史の講釈なんざどれほど効果が上がるって?。正直今は難しいことは何 も聞きたくねえよ!。」 荒っぽく投げやりに言ったが、その声すら部屋中に漂う湿度の高い空気と同じように自分の耳にまとわりついてくる。 カルバレイスの住民が過去の歴史に縛られ支配されているのならば、今現在自分は『神の代理人』とやらにいいようにあしらわれてこのザマだ。 どうにもならない現状は向こうから一方的に押し付けられ、非力な自分は無様にそれに甘んじるしかない。 ロニは一回舌打ちするなり、タオルを肩にひっかけ、立ち上がった。 「あ、おい、どこに行くんだ。」 「ちょっとそこまでだよ。」 「おいロニ。勝手に出歩くな!。」 「…あのなあ、明日も早いってさっきオマエだって言ったじゃないか。ここじゃあ到底眠れそうにねえし、正直毎晩これじゃあ、さすがの俺でもバテちまうよ。 だからどっか涼しいところで適当に寝てくるぜ。」 背中を向けたままそう言って、ロニは入り口の方に歩いていった。 頭が冴えてしまえば、無性にここに居たくなかった。 ホープタウンの人間の苦労も、天上人の祖先として背負わされた罪も、自分には関係の無いことだと思った。 とりあえず今は、はぐれてしまったカイル達の安否を気遣うことで頭がいっぱいだが、何も分からないから動きも取れない。 せめて居場所さえ分かれば、選ぶ手段も広がってくるのに。 それだけが今、ロニにとって唯一向き合っていた現実だった。 「…夜は一人で行動するなとナナリーに言われているだろう。」 咎めるようにそう言って、ジューダスが身を起こした。 このカルバレイス大陸は、その気候の厳しさから、わずかな水場の周辺に人里が点在しており、村から一歩でも出てしまえば、そこは人の住めるような環境で はない。 獰猛な野生動物のみならず、夜盗などからも身を守らなければならない。 そんな環境下にあるからこそ、この村では、ほんの子供の頃から実戦さながらの訓練を遊びの中で身に付けるように習慣づけられていることを、ジューダスと ロニは、ここに来てすぐに知った。 「…ったく、仕方ないな。」 子供のように返事もせず、背を向けたままのロニを追って、あきれたように一つため息をつきながらも、ジューダスは、傍らの剣をとって、手早くそれを装備 すると外に出た。 二人は少し村を外れたところにある小さなオアシスに来た。 ここはホープタウンの者たちが水汲み場として使っているところだが、足場にする板を組んだ給水場も、ロープが張られた通路も、灯りが落とされていて、 真っ暗で文字通り月明かりだけが頼りで、足元はかなり危なっかしかった。 けれど夜のオアシスは、砂漠を背にして猛烈な暑さで満たされる昼間とはうって変わって、清潔な涼しさに溢れており、鏡面のように月の光輝を反射する水面 には、どこか怖いくらいの静寂さがあった。 「おお、涼しいじゃん。」 ロニは、うれしげにそう言って、ぱっぱと靴を脱いで、手早くズボンの裾を膝まで捲り上げた。 そして飛沫を上げて膝まで水に入り、両手に水をすくって頭からかぶった。 「お〜!、気持ちいい。おい、ジューダス、お前も水に入れよ。」 そうロニははしゃぐようにジューダスに言った。 けれどジューダスは、給水場のあたりに腰かけて、ロニの方を向いた。 見ればいつもの剣もきちんと装備してきたようである。 「ロニ。…言っておくが、ここで寝るわけにはいかないからな。もう少し涼んだら戻るから、気が済んだら言ってくれ。」 すげなくそう言う付き合いの悪いジューダスに、ロニは「ノリが悪いなあ、お前って。」と肩を少々大げさにすくめた。 「…またあのくそ暑い部屋に戻るのかよ。いいじゃねえか、今日くらいここで寝たって。」 「駄目だ。…余所者の僕達が勝手な行動を取ることはできない。僕達を村に置いてくれてるナナリーに迷惑がかかる。」 「朝早く戻れば分かんねえって!。何事も要領だよ要領!。」 ジューダスは、やれやれといったふうに、小さく首を振った。 「…お前は警戒心が無さ過ぎる。どうしてここが流刑地なのか、そして何であんな小さい子供までもが実戦さながらの訓練を積んでいるのか、ちょっと考えれば 分かりそうなものだがな。ノコノコ出歩ってこんなところを夜盗にでも狙われたらどうする。こんな夜中にろくな装備も持たずにフラフラ出歩くのが、カルバレ イスの人間なはずないからな。さぞかし間抜けの余所者の、のん気者に見えるお前は、恰好の獲物と言うわけだ。…とにかくここで寝るのだけは許可できないか ら な。」 そう言ったきり、ジューダスは剣を小脇に抱えた格好で座ったまま、黙ってしまった。 もうこうなるとジューダスに何を言っても無駄になる。 けれどどう見ても自分より年下で、見たところカイルと大して違わないのではないかと思われるジューダスから、こうも次から次へと指図されるとさすがに面 白くない。 「…まるで監視してるみてえだよな。いつもいつもお前は、そうやってちょっと離れたところで俺たちに距離をとって、様子を窺っているみてえでよ。」 咄嗟に湧いて出た言葉ではあったが、翻す気はなかった。 日頃見下されていることに対する嫌味も込められていた。 「ふん、監視か。…そう言えなくもないな。お前一人がここで野生動物に食われようが夜盗に殺されようが勝手だが、そうなると今度はカイル達に迷惑がかか る。今頃向こうも僕達を探していることだろう。だから仕方なく僕がお前を保護して無事に村に連れ帰るというわけだ。」 挑発するように言うジューダスをロニは、一瞬、強く睨んだ。怒りが別の方向に捻じ曲がってきたのを自覚した。 他に誰も居ないため感情にブレーキがかからなくなっていた。 「カイル、カイルか。そうだよな、カイルはお前にピンチのところを二度も助けられたとか思っているみたいだけどな。皆が皆、そう簡単に、ホイホイ信用でき るわけじゃねえんだぜ。アカの他人が何の脈絡も無く、二度も俺達のピンチの場面に遭遇するってことの方がよほど怪しいってもんだぜ。」 「くだらんな。頭の冷やし方が足りないんじゃないのか?。」 言葉の棘を見せ付けるようなその言い方。ロニの怒りはある種の限界線を越えた。 「…証明しろよ。」 「何をだ。」 「しらばっくれるなよ。お前が俺たちの仲間だってことをさ。」 「何で今、急にそういう話になるんだ。」 「別に今に始まったことじゃねえよ。お前は何かと怪し過ぎるんだよ。やたら昔のことは知ってる、名前はねえ、どうみてもガキのくせにその剣の腕…。」 「どうすればいいんだ。僕はお前たちの仲間です。どうか信用してください。と言えとでもいうのか。それで証明したことになるんだったら、安いものだな。お 前がうんざりするほど、これから毎日何百回でも言ってやるさ。」 そう言って、明らかに意図的に唇の端を上げたジューダスを、ロニは睨むように見つめ、そして、迸るようにして喉の奥から出てきた言葉を口にした。 「顔、見せろよ。」 言った途端、目の前のジューダスの雰囲気が一瞬当惑したように硬化したのが分かった。 やばかったかな。 そうは思ったが、ロニは言葉を覆さなかった。 顔を隠すのは、どう考えても何か他人が立ち入れない類の理由があるに違いないし、自分にだって、そういった他人の個人的な事情に踏み込まないだけの余裕 も分別もあるはずだった。 普段ならば気にしないでいられるはずだった。 けれど今、この目の前に対峙するジューダスに対してだけは、何故かひどくむき出しで温度の高い興味が掻き立てられる。 二人きりだ。ここにはいつもなら止めに入るカイルもいない。 ロニは微弱に残忍な気持ちのまま、目の前のジューダスを追い詰めたい衝動に駆られていた。 「メンバーの誰一人、お前の顔をロクに見ちゃいねえんだ。…それで信用しろって方が、度台無理な話だぜ。」 追い込むような言葉に二人を隔てる空間が硬化し、ジューダスの表情が険しくなったのが解ったが、これだけ追い詰めてなお足りない。 沈黙が流れる。 風が吹いて、水面が揺れ、反射した光が動いた。 静寂の中、自生した丈の高い草が乾いた音を立てて一斉に靡いた。 「顔、見れば、信用できる。」 少しの間を置いて、挑むようにロニは低くそう言った。 「…わかった。」 ジューダスは短くそれだけ言い、そしてすっと立ち上がると、ロニに背を向けた。 |
2004 0401
RUI TSUKADA |
年齢相応、等身大の男同士で衝突し合えるのはロニというキャラクターの特権だよな。 ロニには『リオン』『ジューダス』というキャラクターにびびらないだけの強烈な個性とオスくささとマイペースさがあります。 次回、砂漠の月(後編)。お約束のヤオイ〜♪ |