『束縛的記憶(8)』 







 窓の外は吹雪くばかりの白い世界だった。
 ときおりの咽ぶような突風に逆巻いた氷の礫がガラスの窓に次々と叩き付け、鋭く乾いた音を室内に響かせていた。
 城全体が氷と雪に閉じ込められて、凍った外気によって染みるような冷気が壁伝いに滑り降りてくる。いくら室内で暖房を効かせても、その温もりは到底ベッ ドまでは届かない。
 冷たさと沈黙が部屋を支配していた。
 連夜繰り返して抱かれ続けたせいで、身体には軋むような痛みが残り、慢性の頭痛を抱えたようになって思考には冴えを欠いていた。
 蓄積した疲労に始終朦朧とした頭では、実際まともなことなど考えられるわけもなく、皮膚の下に焦りを沈み込ませて、白々しく平素と変わらぬ顔を装いなが ら、自らを確実に取り返しの付かない方向に追い詰める。
 判然としない意識の底に、何かひどく冷ややかな氷のようなものを、あたかもこれだけは守らなければならない唯一のものであるかのように必死に抱え込ん で、そしてその冷たい欠片だけを、まるで憑かれたように見つめ続けて、沸き起こる自らの愚かさと浅はかさに対する苛立ちと焦燥の嫌悪を宥めすかし、誤魔化 し続けてきたのだ。




 ##

 ジューダスは、両腕を後ろ手に交差させられたまま、背後からベッドに押し付けられていた。
 上から圧し掛かる身体の重みの苦しさにわずかに身じろぐと、その隙を突くようにして、裾の方から掌が挿し入れられた。
 それはざらついたような感触を残しながらやや焦ったような不器用さで肌を這い回ると、わき腹を過ぎってそろりと前に回された。
「…ッ。」
 途端、ジューダス身体が強張る。吐息は狼狽に引き攣り、皮膚は突っ張って粟立った。
 無言のまま前に回された手は、もう申し訳程度にしか残っていないボタンに掛かり、手探りであるはずなのに、いとも容易くボタンは全て外された。
 服を剥がされ、肌を剥き出しにされるときの荒々しさにジューダスは背中を固くした。
 真上から両肩を掴まれた。その重みに身を竦ませた次の瞬間には身体が仰向けにされていた。
 ロニの身体の下に敷き込まれ、狼狽は一層激しくなった。
 裸の背に直にシーツが当たる。
 自分の眼前、押し伏せてくるロニの身体からむせかえるような男の気配を感じ、ジューダスはロニという存在に初めて恐怖を覚えた。
「は、放せ…、どけ…ッ。」
 強く言おうと努力したつもりだったが、語尾は弱く消えかかった。
 腕力でかなわず、ろくな抵抗も出来ないまま、ねじ伏せられて、自分はもうこんな情けない声しか出ないのかとジューダスは思った。
 ロニは黙ったままジューダスの両の手首を左手で一まとめに掴むと、そこに唇を寄せた。
「…!。」
 何か信じられないものを見るように、指の関節に当たった唇の感触にジューダスは息を詰めた。
「悪い。…ジューダス。」
 そのいつもの声音にわずかにジューダスは我に返ったが、ロニは左手で掴んだ両手首を、引き剥がした黒衣を使って一つに固定した。
「…っ。」
 ジューダスが呻くような息を吐いた。
「悪い。」
 堅く目を閉じて、まるで祈るような声でもう一度そう言ってから、ロニはジューダスのベルトに手を掛けた。
 声を上げる間も与えられず、ベルトは乱暴に引き抜かれ、続いて下肢の服に力が込められた。
「…やッ、」
 ロニの力は強かった。ジューダスは自棄のように膝を曲げて、脚を跳ね上げ、申し訳のような抵抗を試みた。
 弱い抵抗は、他愛も無くロニの腕に阻まれ、下肢からは服が引き摺り下ろされた。不自然な体勢だったため、腿に擦り傷を作った。
「…ッ。」
 見下ろしてくるロニの眼は真剣だった。
 それは刃物の切っ先を思わせる怒りのようなものを含んでいるようでいて、反面、ひどく思いつめ、悲しげですらあり、その視線の強さに曝されて、ジューダ スは四肢に力が入らなくなっていくのを感じていた。
 身体の下に組み敷かれて腕の自由も奪われたまま、たまらず目を堅く閉じて、もう顔を横に逸らせる程度のことしかできない。拘束された罪人のようだと ジューダスは思った。
 ロニは瞬きもせずにジューダスを見下ろしていたが、先程一まとめにした両腕を掴み上げ、それを枕側にあるベッドの縁に括りつけた。
「…ッ。」
 吐息が恐怖と狼狽に震えた。
「…悪い。けどお前、こうでもしないと、きっと逃げちまうから。」
 これは本当にロニだろうか。
 何かとてつもなく悪い夢でも見ているように現実感が希薄だった。
 ロニの声はこの場に到底そぐわないほど穏やかであるくせに、両腕を固定するときの力は容赦がなく、手首にかかる圧迫感が、これがまぎれもない現実である ことを証明した。
 ロニはジューダスの身体を完全に固定すると、改めて目の前に曝されたジューダスの身体を見、息を呑んだ。
 そこにあるのは、まさに現実として目の前に突きつけられた暴力の証だった。
 普段日に晒されないため、ひどく白い印象のある肌に生々しく無数の傷が刻み込まれていた。
 …ひでえ。ロニは怒りに声を出しそうになった。
 至るところに散った鬱血したような痕と、何かナイフのような先の鋭いもので切られたのか、胸部には斜めに二本、交差した大きな細い傷が走っていた。
 二の腕の内側の皮膚の柔らかいところには、歯を立てられたのだと分かる、まだ新しい深い傷がある。
 食いちぎるかのような強さでそれは穿たれており、薄い皮膚を破って滲んだ赤い血は、まだ完全には乾いてもいなかった。
 わき腹の方に視線をずらすと、そこには火傷があった。大きくはなかったが、熱した金属でも押し付けたのか、やけにくっきりとした形状に皮膚が破れてお り、傷からは透明な体液がにじみ出ていた。
 唇の端が切れて血が赤黒く固まったようになっている。強く噛み締めたとき切ったのだということが分かる。何をそんなに耐えなければならなかったのかと思 えば、怒りに握り締めた拳が震えた。瞼もひどく腫れぼったい。
 一見しただけでも暴行されたとしか言いようがない痕跡を服でギリギリ隠れるあたりまで、それこそ身体中に留めていた。
 けれど、この怒りを押しのけるようにして、ある感情が沸き起こる。
 今、眼前に無防備に肌を晒して横たわるジューダスの姿に視線が惹きよせられる。
 傷ついた肌も白く滑らかで、寄せられた眉はひどく禁欲的でありながら、こちらを誘い込む。
 少年期のしなやかな骨格に、未だ完成されていない筋肉をうすくのせた肢体の微妙なラインは中性的で艶めいてすら見えた。
 ロニは不意に自分の身体の中心に急な勢いをもって熱い濁りが生じたことに狼狽した。
 自分に対する嫌悪に毒づいた。目の前に居るのは、ジューダスのはずだった。
 普段憎たらしいくらいに冷静で頭が良く腕が立つ、仲間のジューダスのはずだった。
 許せない感情というものはある。まして暴力によって傷ついた仲間を見て、安っぽい連想に繋げるようなことは到底受け入れられたものではない。
 傷ついた肌に息を潜めるようにして、ロニは慎重にジューダスの肩口に触れ、咽元に唇を落とし、同時に指を胸元に這わせた。
 肌は温かかった。胸元に唇を寄せると確かな血液の脈が聞こえてくる。
「…お前。…最低だ。」
 ふいにジューダスの口を割った言葉を聞き、ロニは我に返ったように唇を離した。
「…何を聞いて、何に腹を立てているのか知らないが、…、こんなことをして、…只で済むと思っているのか。」
 喘ぐようにジューダスはやっとのことでこれだけ言った。
 現実問題として今となっては、ウッドロウの不興を買って何一ついいことなどありはしない。
 けれど本当に最低なのは自分なのだとジューダスは思っていた。
 この数日、自分がしてきたこと。何に乗じて何を利用したのか。
 契約だの取引だのと口先だけで奇麗事を並べておきながら、最初から与える気のないものを、あたかも存在するかのようにちらつかせてウッドロウの心を煽っ ていた。
「…違うな、最低なのは僕の方だ。…僕は、ウッドロウの、18年間の苦しみに乗じて、過去の僕に対する好意を利用して、身体を、…餌に使ったんだからな。 毎晩部屋に通って、そこですっかり『リオン・マグナス』に戻って、ウッドロウの気を引いて、誘い込んで、過去の記憶の中にウッドロウを追い詰めた。」
 ジューダスは苦しげに息を一つ吐いて、無理に唇の端を歪めて笑みの形を作った。
「契約だ取引だと、口先ではそう言っておいて、結局は、ベッドの中ではリオンになって、今度こそは共に生きて、この世界で、一緒にやり直せるような顔をし て、ウッドロウに気を持たせて、過去ばかりを夢見させたんだ。」
 囁くようにそう言ったジューダスをロニは黙って見下ろしていた。
 言葉が途切れてしまうと、沈黙の中で二人の視線が交錯した。
 窓の外で風が啼いた。冷気が一層濃くなったようだった。
「俺のせいだろ。」
 ロニは僅かに顔を歪ませるようにして言った。
「何故、…お前のせいなんだ。」
「最初から何もかも、結局はお前にばかり、全部押し付けきた。そもそもこのハイデルベルグにこうも長々と滞在するって事自体、ここがお前にとってどういう 意味をもつ場所なのか、ってこと、少し考えれば間違いだったことに気づくはずだったんだ。ウッドロウさんの助力に甘ったれてるばかりでなく、お前が何も言 わないのをいいことに、そういうことに気を回しもしなかった。」
 はっきりと言い切ったが、それが意図的に作られた慰めの言葉であるということは見え透いているような気になった。
「お前は本当の僕を知らないから、そんなことを言えるんだ。…僕は、利用価値があると判断した相手であれば、それが誰であろうと、どんな男であろうと、躊 躇もなく身体を使って誘い込んできた、淫売なんだ。ありもしない愛をちらつかせるのは僕の常套手段だ。…ウッドロウから少しは聞いたんだろう。」
 幾人もの男が虜になったという『リオン・マグナス』。
 けれどここに居るのは、過去何人もの要人と言われた男たちをその身体で手玉にとって破滅させてきた人間ではなく、自分のしたことの罪悪感に押しつぶされ そうになりながら、自らを追い詰め苦しんでいるたった一人の少年だった。
 ロニの瞳の中に形容しがたい光が動き、そのままジューダスを見据えた。
「…ここに居るのは『リオン・マグナス』じゃない。お前はジューダスだろ。そしてお前がジューダスだからこそ、たった一人でそんなに苦しんでいたんじゃな いのか。」
「…。」
「でもな、ジューダス、あんまり甘く見るなよ。俺は、お前が思っている以上にずっと、お前のこと見てる。今回は気づいたのは俺だけだったかもしれないけ ど、正直、時間の問題だったと思う。お前がどんなに隠れてこっそり行動しようと、上手く立ち回ろうと、実際、お前、自分で思ってるほどクールでもなきゃ ポーカーフェイスにもなってねえよ。」
 ジューダスが黙っているとロニは掌でジューダスの頬を包み込むようにしてきた。
「ジューダス。」
 名を呼ぶ声は、囁くようであまりにも低く、優し過ぎて聞き取れないほどだった。
 けれどもう一度頬を掌が包んでくるような感触に、硬直していた体が僅かに氷解するような錯覚を覚えた。
「…泣くな。」
 言われるまでジューダスは自分が涙を流していることに気付かなかった。
 涙がにじみ出てくる。
 視界が曇って眼前のロニの顔が揺らいだ。
「けどな。俺が、…俺がお前に対して、こういうことをするのが、ウッドロウさんへの当てつけだとか、そういうふうに思うんなら、それは違うぜ。…これは な、俺とあの人の問題なんだ。俺は試してやりたい。あの人に。ウッドロウさんに。…ここに居る、俺と一緒にここに居るジューダスを本当に『リオン』だと言 いきれるのか。」
 18年前の愛が真実だとしても。あの海底の洞窟で「リオン・マグナス」は四英雄に
斃され、命を落としたことも歴史の事実だ。あの とき向けられたイクティノスの刃こそ、真実の選択ではなかったのか。あの瞬間に互いに選択した道こそ互いの真実ではなかったのか。
「…。」
「俺はジューダスをここに閉じ込めて一歩も出さない。ウッドロウさんは、それでも『リオン』が欲しいって言うのなら、自分が、…四英雄として選んだ道に恥 じることなく、それでもお前が欲しいって言えるのなら、ここに奪い返しに来ればいい。取引とか、契約とか。ウッドロウさんこそ、そういうものを盾にしてい る。そんなのフェアじゃねえし、それでお前をどうこうしようなんざ、冗談じゃねえよ。」
 何かがピシリという割れた音を立てて壊れていくような感覚がある。
 返す言葉もなく、ジューダスは、唇の形だけで馬鹿が、と言ったきり黙り込んだ。




 二人はかつて無かったほど長い口付けを幾度か繰り返した。
 絡めあう舌は湿った音をたて、触れ合った肌も充実して温かかった。
 覆いかぶさった身体からの熱を受けて、ジューダスの吐息は浅く乱れた。
 けれどそこにあるのは互いの性の欲ではなかった。沈み込むような、どこか哀しみにも似た切なさだけがそこにあった。
 この出会いも、今触れ合っていることも、これからのロニの人生においては、束の間の点のような出来事に違いなかった。修正により記憶も消える。
 しかし今この瞬間こそが、互いにとってかけがえの無い大切な時間であるように思えた。
 ロニはジューダスの身体を横にすると、背後から抱きかかえるような姿勢をとった。下肢に手を伸ばし、その滑らかなラインを作り出している腿から奥に指を 伸ばす。
 そこに触れると、ジューダスの身体がびくりと跳ね、口から短い悲鳴のような吐息がこぼれ、逃れようとゆるくもがいた。
 指の腹でそこをなで擦ると、最初は固く指を拒んでいたところが次第に潤んだようになってきた。ゆっくりと指を挿入すると、抱きすくめた身体は息をつめ て、異物感からくる苦痛に耐えているのが腕を通して伝わってきた。
 入り口のきつい抵抗があったが、内部はとろけるように熱かった。
 反応を確めながら、決して傷つけないように、ゆっくりと奥の方まで伸ばしてみると、薄い肉の壁が絡み付いてくるような感触があった。
 思うよりもずっと慎重に指を曲げると、抱きすくめた身体がびくりと震え、懸命に喘ぎをこらえているのが肩の震えで分かった。
 深く挿し入れて、奥でゆっくりと広げるように動かすと、そこは充血したような体温で満ちてきた。
 ごく小さい悲鳴のようなものが混ざり込み、浅くなった呼吸が繰り返されるたびに、熱い内部は指にからみつく。
 指の数を増やして、今度はやや乱暴に挿入してみる。
「…ッ!、あっ…。」
 途端、ジューダスの身体が大きく跳ね、堪え損ねた声がこぼれた。
 誘われるようにして入れた指を動かした。
「うぅ、…くぅ…。」
 ゆるくかぶりを振って呻いた。しかし、続けていると、やがて内部が引き攣り、その呻き声にすら訴えるような甘さが混ざりこんできた。
 淫らだな…。ロニはそう思った。
 恥辱に打ちひしがれたように震える肩にすら、情欲を掻き立てられこそすれ、とてもやめてやろうなんて気にはならない。
『…リオンの虜になった男がそれこそ何人いたか、君には想像もつくまいね…?。』
 今になって、ウッドロウの言葉が蘇ってくる。
 そして、今、息の乱れを必死に耐えているジューダスと、ホープタウンの夜のオアシスで、初めて抱いたときのジューダスの姿が重なった。
 あのときの、まるで光の粉の中でたわむれているかのようなジューダスの姿。
 水辺で組み敷いたときの熱く潤んだ身体。
 その非現実な誘引力。
 初めてのときは、ただ夢中で、何か目の前のものを手に入れたくてたまらなくて、気づいたときには抱いていた。
 だからその身体を労わることもできなかったけれど。
 追い詰められた末に抱かれている今ですら、心をどこかにあずけたように身体は絡みつくように潤み、与える刺激を一つも余さずに素直に反応を返してくる。
 背中には新しい汗が出はじめ、切迫して早まっている呼吸とともに肩が小刻みに震えていた。
 抱かれることに慣れた身体だということは分かった。
 ウッドロウに抱かれているときも、リオンの虜になった知らない誰かに抱かれているときも
やはりこんなふうに融けていったのであろうか。
 そう思ってやはりロニはその考えを否定するように首を小さく打ち振った。
 ロニはジューダスの下肢から服を完全に引き抜いて、続いて膝を鋭く立てさせた。
 手を頭上で縛られているため、ロニの目の前に全てを曝け出す格好になる。
「う…。」
 羞恥を煽るような体位に、ジューダスは固く眼を閉じて、自由にならない身体をわずかに捩じらせて、その見下ろす視線から逃れようとしていた。
 ロニは、その細い腰を両手でつかんで強く引き戻し、自分の身体に押し付けるように抱え込み、指を食い込ませて割り開き、一気に身を進めた。
「あああぁ…ッ。」
 苦痛と悦楽をがとり混ざったような声がジューダスから上がった。
 途中、締め付けとともに、中で押し戻すようなうごめきがあった。ロニはそれを無理に突き破るようにして身を押し込むと、鋭い悲鳴が上がった。
 身を進めるときの絞り上げるような強烈な締め付けにロニは眩暈を感じていた。
『少年を抱いたのは、彼がはじめてだろう。』
 あたりまえだ。
 俺はジューダスしか欲しくない。
 この、はじめから誰の救いも求めようともしない、冷めた顔をした大切な仲間。
 ロニは眼を閉じた。打ちつけるときの肉のこすれる湿った音と、切れ切れに乱れるジューダスの息遣いが入り乱れるように続いた。ロニは完全にその身体に誘 い込まれ溺れた。
 一際高い声が上がる。そしてそれにつられるようにして背筋が後ろにそらされて、小刻みに震え、その数瞬後に力を失いくずれおちた。





 ##

 戒めを解かれ、ぐったりと疲労に身を委ねたまま、ジューダスはロニの胸に顔をもたせかけていた。
 わずかに身じろぐと、ロニが腕を回して引き戻し、自分の胸に押し付けるようにしてくる。
 仕方なしにロニに身をあずけた姿勢のまま、窓の方に視線だけを走らせると、もう外はすっかり夕闇に包まれていた。
 北国の早い夜の訪れを告げる霧のような暗闇は次第に部屋の中を満たし始めていた。
 ロニの右手がジューダスの柔らかな髪を撫でた。
 その手はゆっくりとしていて、あまりにも穏やかだったので、振り払うこともためらわれ、ジューダスはロニの胸に顔を押し付けた姿勢のまま、おとなしくロ ニの手を受けていた。
 しかし、ロニの指がジューダスの耳を捉えた途端、ジューダスはぴくりと反応し、ロニの顔を見つめ返した。
 二人の間を一瞬の張り詰めた沈黙が隔てた。
 その瞳の紫。ジューダスの、あの、まるで挑むような強い光が瞳の中に戻ったような気がした。
「ジューダス、だよな。お前は。」
 ジューダスは無言で小さく頷く。
 それを受けてロニが微かに笑った。
「…お前の仮面、な。」
 思わぬ間をおいてロニが口を開いた。
「…あそこだ。」 
「…。」
 ロニの指差す方向の先は、窓の外だった。
「イクシフォスラーの中。今日、俺が一人で置いてきたんだ。」
「何で、そんなこと、」
 言いかけて口をつぐんだ。
 その行動がおそらく独占欲や嫉妬のような感情に端を発したものであったとしても、ロニはそれに直面し、見て見ぬふりをしなかった。
 リオンであった過去、ジューダスである今。一度全てを突き崩してでも始めからやり直すことも厭わなかったのだ。
「俺、やっぱあの人のこと、解らないし、解ろうとも思わねえ。…いくら好きだからって、傷つけるものは愛じゃねえよ。」
「…。」
 この皮膚の下に流れる確かな血液。寄せ合った肌から伝わる体温。思考のぎすぎすと追い詰められた部分が鋭さを失っていき、グラスの中で氷が溶けていくよ うな感覚は、どこか大きな安堵を呼び起こす。
「ああ、けどさ、俺、一つだけあの人と同じだと思うことがあんだ。」
「…何が。」
「ん〜、お互いすごい面食いだってこと。」
 そう言われてようやくジューダスは微かに笑うことができた。

 窓の外は静かだった。
 もうここのところずっと続いていた雪嵐は去り、今夜は穏やかな星空が望めそうだった。
 明日はイクシフォスラーを動かせるようになるだろう。
「行こうぜ。一緒に。もう、振り返らないでいいんだ。一緒に歴史を修正しようぜ。…ジューダス。」
「…分ってる…。」
 確実に最期のときは近づいてくる。
 けれどとりあえずそれは、この温かな闇の向こうにある。
 ゆるいまどろみに身を委ねるようにして、ジューダスは瞼を閉じ、やはりくずさぬ表情の中で己の終焉の姿を見すえた。
  








 To be continued…





2004 0224  RUI TSUKADA




 こうたて続けにやられては腰が…。いやそれはさておいて。
 受け受けしさ満載のJ氏でした。
 愛がからむと脆いのは、リオン時代からちっとも変わってないなッ、って感じかな。
  
 今日はお勤めサボりです。
 三人とも寝不足だったから、今日くらいゆっくり寝てくれ(投げやり)。
 

 次回『束縛的記憶(9)』、最終回。
 そのころ髭王は…。