『あの日の約束』





 アタモニ騎士団に所属していたとき、親しくなった娘がいた。
 新米の騎士見習いだったロニより3つ年上で、ダリルシェイドに逗留したときに知り合った。
 長いストレートの栗毛を後ろで紺色のリボンで束ねた美しい娘で、地元の自警団に属する婦人会の女たちとともに、騎士団の食事の世話などをしてくれてい た。
 娘はロニたち新米兵士にも優しく接してくれ、部隊のさながらアイドル的な存在となっていた。
 その献身的な笑顔にすっかり心を奪われたロニは、ある日思い切って想いを告げた。
 意外にもすぐに望む返事が得られ、会うたびに親しくなり、深い仲になるのにさほど時間は要さなかった。
 ロニは、初めての恋人に文字通り夢中になった。

 ダリルシェイドでの仕事は、早朝から日が暮れるまで、ほとんど土木作業ばかりで、瓦礫にうずもれた古都での任務は正直ロニにもかなりキツく、夜、宿舎に 帰る頃には、食欲も無いほどクタクタになった。
 先輩や上司にどやされたり殴られたり、同僚の中には部隊から逃げ出す者も少なくなかったが、ロニは仕事の合間や、そしてたまに夜にも会える恋人のことを 思えば、どんなツラさも耐えられた。
 しかし、その娘は優しげな顔をしていて、良からぬ噂が絶えなかった。
 まず、部隊の誰からか聞いたことには、ロニの部隊の師団長の女であるということだった。
 その他にも、部隊の誰それと寝ては傷つき、その都度他の男にすがるということを繰り返すのだという噂も聞いた。
 けれどロニはそんな噂を自分の中で懸命に否定し、出会う度に悲しげに涙ぐむ彼女を優しく抱きしめた。
 腕の中で小鳥のように震える彼女と、幾人もの男との間でいざこざを起こすトラブルメーカーの女とが一致しない。
 細い肩を震わせて泣く彼女は、ロニにとって守るべき存在そのものだった。

 彼女の生家は、かつてのダリルシェイドで、貴族階級に属するものだったと、そして、自分はこの街を愛しているから、ここを離れないのだと、聞いたことが ある。
 昔セインガルド城であった舞踏会に貿易商だった父親の手に引かれて行ったこと、ドレスに躓いて転んだ、まだ幼い少女だった自分を抱き起こしてくれたの は、七将軍の誰かであったと、夢のように話す彼女。
 城の広いホールの入り口には、正装の近衛騎士たちが出迎えてくれて、楽隊の音楽が見事で、着飾った人々が綺麗で。
 そんなものが広間いっぱいに満ち溢れていたのだと。
 彼女の話はどれも御伽噺のようで現実味がなく、ロニにとっては到底ピンと来るものでは無かったが、聞いてあげればうれしそうな顔をするので、それが本当 か嘘かなどはどうでもよかった。
 崩壊したダリルシェイドでの生活は彼女にとって、とてもつらく、悲しいものなのであろうと、だからすがる対象を求めつづけるのだと、それがたとえ空想の ものであったとしても、どれほどの罪があるものかと。
 そして誰にでも親切に接する彼女に好意を寄せる男は多く、同時に嫉妬もされるであろうから、口さがない噂も絶えないのだと。
 ロニは良い方に良い方に考えた。

 しばらくして、ロニはダリルシェイドでの仕事を終え、他の任地に行くことになった。
 別れの朝、ロニは彼女を抱きしめ、何年もかからないから、必ず自分はここに迎えにくるから待っていてくれと、そう約束した。
 彼女はうれしそうに涙ぐんでいた。

 しかし、それから数ヶ月もたたないある日、騎士団の早朝の訓練が終わったあと、雑多な雰囲気になった団員が、その娘が、アイグレッテの豪商の家に輿入れ が決まったことを口々に言い合っているのを聞いた。
「あ〜あ、やっぱなぁ〜。」
「女ってこえぇ〜よなぁ。」
「単にあの娘が要領いいってだけなんじゃねぇの?。」
 口々にそう言って、空しそうに笑う同僚達。ロニは眉を顰めた。
「あの娘って、虫も殺さない顔をして、結局は何人もの男を手玉にとって、おいしいとこどりして、結婚だけは別!、ってカンジなのな。」
「旦那になる奴は知らんのかね。」
「何を。」
「相当のアバズレだったってことをさ。アイグレッテはここから峠越えた先だぜ、噂くらいは伝わるかもしれんじゃないか。」
「そこらへんは上手くやるんじゃねえの。あの娘のことだから。」
 そう言って、卑猥な笑い声をたてた後、急に押し黙る。ようするにここにいる全員が、彼女に手玉に取られ、あっけなく振られてしまったのだと思い至ったの だ。
 そして、適当に相槌をうって、それぞれの持ち場にばらばらと散っていった。
 ロニは一瞬、そこにいた数人の部隊の者たちを全員殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られた。
 しかしすぐに、握り締めた拳を、一体どこに向ければいいのか、分からなくなった。
 ほんの数日前にもらった彼女からの手紙にすら、自分の健康を気遣う言葉の最後に、待っている。早く迎えに来て、と。そう書いてあった。

 だが、不思議と怒りは湧いてこなかった。
 今も、自分の胸に頬を押し付けて泣いていた彼女の涙を疑ってない。
 ただ、自分の頭越しにすべての事実が通り過ぎていったことだけが、何か非常にあっけなく、苦い記憶として残っただけであった。










                                       



 
 2004 1004 RUI TSUKADA
 
 娘だけが悪いんじゃな いよ。
 時代が悪いんだ。
 ガンバレ!。