『束縛的記憶(1)』 





 ファンダリアの天候は、夕方を過ぎたあたりには、一層の荒れ模様となった。
 
視界を奪うほどの雪とともに、強くなった北西の風によって巻き上げられた礫のような氷の細かい粒が、部屋 の ガラス窓を打ち付け、その度に室内にバラバラという音が響き、それらは次々と窓枠に沿って 積もり出していた。
 城の客室の窓の外に植えられた雪避け用の針葉樹は、雪と氷に覆いつくされて樹氷と化し、強風に煽られた枝から振り落とされる雪が驚くほどに重い音をた て、周囲に雪煙をつくっていた。
 外はもう、ほとんど雪嵐だった。
 城の客室の窓ガラスは、室内の保温のため全て二重の造りになってはいたが、それでもその傍まで来れば、壁伝いに滑り降りてくる外の冷気が感じられる。
 ロニは、窓辺に立って外の嵐の様子を見ていたが、その寒さに思わずぶるりと身を震わせた。
 夜が更けてくるとともに一層厳しさを増した冷気から逃れるように窓辺から離れ、ロニは部屋の自分のベッドに腰を下ろした。
 らしくもなく派手な溜め息を一つつき、腹にわだかまる苛立ちを鎮めようとした。
 もう、深夜になるというのに、同室のジューダスが戻らない。
 上空に『神の卵』が出現してから、今日でもう10日を数える。
 旅のメンバーが向かうべき目的、果たすべき役割、そんなものがはっきりとした矢先、あたかも『神』の怒りの象徴のように大陸の天候は悪化した。
 連日、異常な強風が吹き荒れ、視界が一切利かない厚い雪雲に覆われた空を見れば、元々軍事用として機能するイクシフォスラーとて動かすことができない。
 そして、この悪天候に閉じ込められるようにして、旅のメンバーはハイデルベルグ城に滞在していた。
 しかし、ここに来てからというもの、ジューダスは夜になるとふらりと部屋から出て行って、そのまま朝まで戻らない日が続いているのだ。
 ロニは、無人の隣のベッドを見やり、小さく舌打ちをした。
 そしてそのままごろりとベッドに転がると、ベッドサイドの、木製のテーブルを手探り、煙草のパッケージを手に取った。
 あと一、二本残っていたはずだと思っていたのに、中は空だった。
 無いとわかると無性に口がさびしくなる。
 寝転がったまま、壁に掛けられているアンティーク調の時計の文字盤に目をやると、午前1時を指していた。
 次の日のことを考えれば、ロニもそうそう遅くまで起きているわけにもいかず、そろそろ眠らなければならない時間である。
 ロニは仕方なく、今夜もまたジューダスを待つことをあきらめ、空っぽの煙草のパッケージをくしゃりと握りつぶして傍のゴミ箱に放り投げ、部屋の明かりを パチンと消した。
 ロニは暗闇で目を閉じたまま、数日前のジューダスとのやりとりを思い出していた。
 その日もやはり、ジューダスは深夜になっても戻らなかった。
 ここに滞在することにした最初のうちこそ気にも留めなかったことではあるが、こう何日もそれが続けば、さすがにロニとてジューダスのその不審とも言える 行動が気になり 出す。
『おい、お前、夕べいつ頃戻ったんだ?。』
 ロニは、朝、身支度を整える後姿に問いかけた。
『夜中だ。』
 振り返りもしない背中から短く返事がかえされた。
『へえ!。全然気付かなかったな。』
『…寝てたからな。』
 無愛想なのはいつものことだが、ロニは、らしくもなく勝手な行動をとるジューダスに、少しの苛つきと、そしてその、どこか疲れたような声に違和感を覚え た。
『お前さ。ここに来てからというもの、何だか変じゃねえか?。毎日毎日、夜になると部屋から出て行ったっきりさっぱり戻らねえし。一体、どこに行ってるん だ?。朝には戻ってりゃ、いいってもんじゃねえだろうが?。…ひょっとしてちゃんと寝てねえんじゃねえのか?。…余計なことだとは思うがよ。』 
 ついつい言葉が荒くなるのは仕方ないことにしても、遠慮していても始まらない。
 せめて声音に責めるような色を混ざりこませないように、それなりに気を遣って聞いたつもりだった。
 けれどジューダスは、やはり後ろを向いたまま、『まさしく余計なお世話だ。』と言い捨て、それきり会話をきっぱりと切断した。
 その、ことさらこちらの意図を切り捨てる言葉。声音に棘こそ無かったが、感情のこもらない無表情な調子だった。
 こうなったジューダスが、何を聞いても駄目な状態であることは、これまで一緒に旅をしてきて嫌というほど思い知っている。
 そしてその通りに、その後は、何を聞いても、あの効果的に切り捨てる一言か二言でかわされ、結局何も聞き出すことはできなかった。

 ロニは暗闇の中で、ふと湧いたある疑問に目を見開いた。
 よくよく考えてみれば、あのときの、こちらの詮索を嫌うジューダスの言葉や態度には、どこか意識してそうした冷たさがあったように思えてくる。
 ジューダスは無愛想ではあるが、無駄のない人間だ。
 いつものジューダスの行動を考えてもそうであるように、そこには常に理由がある。
 少し勘ぐってみれば、あのときジューダスは、会話の中で、意図的にこちらを怒らせて、話を中断させたかったのではないか?、との考えに至る。
 確かあのとき自分は、何を聞いてもさっぱり要領の得ない返答に、ついには『勝手にしろ!。』と、怒鳴るようにそう言って部屋から出て行った。
 もしもそれがジューダスが意図的に仕向けたことであるのなら、自分は7つも年下のジューダスの作為に、まんまと嵌ったことになる。
 しかし、そうされる理由は分からない。
 何か個人的な理由によるものならば、ジューダスがそうであるように、こちらもあれこれ干渉しない方がいいのかもしれない。
 それに勝手な行動を取る、と言っても、あのジューダスのことである。
 夜中に戻らないからと言って、剣が部屋に無いところを見ると、きちんと装備して出掛けているようである。そういう意味でも危険は無いだろう。
 それに自分をきっちり管理する能力にも長けている彼のことであるから、あれこれ世話を焼くのは、まさしく余計なお世話そのものかもしれない。
 しかし、今、ロニがジューダスをここまで気にかける理由は別にあった。
 ジューダスのことを考えるとどうしても感情が穏やかでなくなるのだ。
 この感情をロニは最近になって少々の驚きをもって自覚した。
 自分にとって、ジューダスとは何だ?。
 ジューダスとの関係は常に対等で客観的。そしてそれがロニにとって理想とも言える距離でもあった。
 あの見事な剣技、豊富な知識や的確な判断能力、それらを見せ付けられるに、ジューダスに対する信頼は自然高くなり、それはジューダス個人の魅力としてロ ニの中に、『仲間』としてのジューダスを構築した。
 しかし、彼が『リオン・マグナス』であるのだと知ったとき、そしてそれを自分が自らの過去や人生とからめて認めたとき、ロニにとってのジューダスの存在 意義は一変した。
 もはや『仲間』などという言葉が一般的にもつ、どこか抽象的な連帯感、少々の和みと湿度を含んだようなものとは、到底言い表せないようなものになったの だ。
 こんなふうに理由も告げずに、夜にたった一人で姿を消し、明け方まで帰らないような日が続くと、それをつくづく思い知らされる。
 何故、自分に何も言わない?。そんなに自分は信用できないのか。
 そんな焦りのような感情が高まってくる。禁忌であろう正体を明かしてまで、まだ秘密を持とうとするジューダスの態度が気に食わない。
 それは単なる心配に起因する焦りとか、そういう類の生ぬるいものですらなかった。
 無意識に視線がジューダスを追う。
 そしてそうすればそうするほど、自然、ジューダスの色々な面が見えるようになる。
 朝になればちゃんと部屋に戻っていて、平素の彼とまったく変わりなく行動しているようであっても、穿った見方をすれば、それはジューダスが何かを必死に ひた隠し、相当な忍耐力をもって、何かに耐えているように見えてくる。
 ジューダスに向けるこの詮索の感情、それは、おどろくほど剥き出しの執着、もっとはっきり言ってしまえば独占欲に近かった。
 当初ジューダスは明らかに嫌いな類の人間であったはずなのに、これほどの執着を自覚することになった自分にロニは驚いていた。
 そして最近においては、その執着にすら、ひどく生々しい色がなすりつけられるようになったこともロニは自覚していた。
  
 カルバレイスに飛ばされたとき、隣にいたのがジューダスであることを知ったとき、ロニは、自分がとてつもなく安堵したことを覚えていた。
 土地勘のない場所に飛ばされたことを知ったときのショック、狼狽、不安。そんなものすら、今、共に居るのがジューダスである、ということだけで、どれほ ど軽くなったか分からない。
 灼けるような砂漠で長距離を移動しなければならなかったときはきつかったが、二人きりで近しく会話できたのも妙にうれしかった。
 ホープタウンで過ごしたときには、二人で行動することも多かったため、ジューダスのことを知るいい機会となった。
 そしてある蒸し暑い夜、たまらない寝苦しさに二人で村を抜け出して、水汲み場として使っているオアシスに涼みに行ったとき、ロニは初めてジューダスの素 顔を見たのだ。
 湿度の高い暑苦しい大気の中の、冷たい水の気配のせかされるようにして、やや駆け足でオアシスに向ったとき、「はしゃぐな、馬鹿。」と背後からいつもの 悪態が投げかけられた。
 けれどその悪態ですら、二人きりであるということだけで、非日常のシチュエーションがもたらす、どこか心地よい興奮の糧になった。
 丈の高い水生の植物をかき分けて、給水用のポンプが置かれた木で組んだ簡易な足場に持ってきたランプを置いて、視界いっぱいにひろがる澄んだ水面を見た とき、「わお!。」とロニは歓声を上げた。
「俺たちの貸切だぜ、すげえ!。」
 興奮に我を忘れたように、ロニはブーツを脱ぎ捨て、膝までズボンを捲り上げ、飛沫を上げて水に入った。
 遮るものとて一切無い、パノラマのような上空には、かっきりと満ちた白い月があった。
「なあ!、お前も早く水に入れよ。」
 そう言って振り返ったその視界の中の飛び込んできたものに、ロニは一瞬、言葉を失った。
 仮面もマントも取り払い、襟元を大きくはだけたジューダスの姿がそこにあった。
 見慣れぬ開放的なその姿に目を奪われ、続く言葉を忘れていた。
 そしてそのとき、たしかに月もオアシスも、自分たちだけのものになったことを実感した。
「月ってさぁ、…こんなに明るいもんだったんだな。」
 煌々と水面を照らし、昼間の明るさと錯覚する光を浴びて、植物も、岩場も、それら全ては優しい影を作り出していた。
「こんなにいいところなら、もっと早く来ればよかったぜ。」
 どこか上の空で言いながら、ロニは月すら見ていなかった。
 見渡す限りに墨を塗りつけたような砂漠の空に、かっきりと浮かんだ白い月の光をいっぱいに反射している水辺で、膝まで水に脚を浸して涼むジューダスの姿 に釘付けになっていた。
 その姿は、到底自分と同じ性をもつもののそれではなかった。
 初めて見たジューダスの容貌が、単に少女めいているということではなく、まるで全身に銀色に輝く粉を纏ったかのような姿にただただ圧倒されていた。
 ジューダスの容姿、それが人並み外れて美しいものであるということくらい、例え仮面をかぶっていようと、マントで覆い隠していようと、とっくに分かって いた。
 あの、他を排し、全てから常に距離を置こうとする謎めいた姿からでも、到底隠しきれない華の気配はうかがえる。
 けれど、痛いほどの静寂に包まれ、非現実ですらある砂漠のオアシスで、あたかも月の光そのもののような水とたわむれるジューダスの姿は、そんなロニの浅 い先入観とはまるっきりの別物だった。
 一見して女顔であるとは思ったが、それは決してジューダスが女っぽいということではない。
 ジューダスは男であり、それも並以上に男であろうとしていることをロニは知っている。
 けれど、ジューダスの常の立ち居振る舞いは、無駄というものが完璧に排されていて、それが性別に関係のない色香のようなものを付きまとわせている。
 まるで野生の獣を思わせる、隠し装うことを念頭に置かない真っ直ぐで獰猛な感じの、おそらく少年期にある者だけが持ちうる刹那的な色香であった。
 そしてそのとき初めて、ロニがもっていた、ジューダスに対する執着が具体的な形となったのである。
 ロニはジューダスに抵抗を許さなかった。
 無言でジューダスに近づき、その手首を掴んだ。そして掴んだ腕を引いて、乱暴に自分の方へ引きずった。
 ジューダスは、抗議の意をこめてロニを睨み上げたが、ロニはかまわなかった。
 両腕を拘束してはだけられた胸に唇を寄せた。
 その感触があまりにも滑らかだったので、そのときには到底離すことなどできなくなり、もっと知りたくなって、それこそ暴力に近くジューダスの上衣を剥ぎ 取った。
 途端強張るジューダスの身体を抱きこんで、続いて異を唱えようとする唇をふさいだ。
 奪った服を水辺の陸に投げてしまい、崩れこむように押し倒した。
 そしてそのまま、浅い水辺で貪るように抱いたので、ジューダスはその滑らかな皮膚を岩場で散々に傷つけた。
 不慣れな行為はかなりの痛みを与えたようであった。
 けれど、もつれ合い、絡み合った肌は互いに炎を宿したように熱く、水辺で行われた行為だったにも関わらず、その水の冷たさすらも、苦にならなかった。
 
 そんな嵐のような夜があってすら、罪悪感も狼狽も、そんなものを軽く乗り越えて、ジューダスとロニとの関係は全く変わらなかった。
 冷静な口調も、ときおりの辛辣な皮肉も失われなかった。
 ただ、一つだけ、互いが僅かに親密になったような、そんな感覚がロニの中に芽生えたことくらいで。
 そしてそれはロニの中で、これまでの人生で覚えのないような大切なものとなった。











 To be continued…








2004 0221  RUI TSUKADA



 さて〜。今回はロニとは、過去一度だけの関係だ。
 カルバレイスの二人っきりイベント。砂漠のオアシス野外で××。
 でもってそれは半強姦であったにも関わらず、若者らしく仲間意識や信頼に昇華された清々しい関係らしーぞ。
 しかしジューダスは今、夜中どっかに(あいつのところに)出かけていて、なにやらやっかいなことになっているらしい。

 時はラストダンジョン直前。
 場所はハイデルベルグ。
 男三人の想いが交錯するぅ♪。



 次回、『束縛的記憶(2)』。
 部屋に戻ったジューダスの有様にロニはぎょ!。