『再会(後編)』 





 内陸の北方に位置するファンダリアの日没は早く、日が西に陰り出すころには、急激に外気温が低下してくる。
 ここのところしばらく、ファンダリア地方の山岳地帯の天候はひどく悪化し、旅のメンバーは、このハイデルベルグの街で足止めを余儀なくされている状態 だった。
 市街地でも雪は視界を奪うほど激しく降り続け、ハイデルベルグの街の人々の現実としての生活を圧迫し、夕方になると、商家は皆、早々と店を閉めてしま い、日没の頃には、王宮前の広場に続くメインの通りも人通りはまばらになり、ひどく閑散としていた。

 ハイデルベルグの街には、城下の英雄門から少し入ったところの一角に、18年前の『神の眼の騒乱』を記念した博物館がある。
 不本意な足止めはあったが、ジューダスは出来た時間をせめて有効に使おうと、連日、この博物館に通い、殆ど一日中篭りきりになって収められている各種書 物を片っ端から読み漁っていた。
 18年前に地上に降り注いだ外殻によって変化してしまった地形や、それに伴う大陸の気象の変化などを調べることが、その主な目的であったが、この18年 間に起こった出来事を記した年鑑や、その他歴史書にも、つぶさに目を通した。
 かつて自分が直接関わり、今となっては史実となったあの出来事を、第三者の視点で語られた記事を読むということは、現在においては自分が、現実としての 人の営みから外れた立場にあるせいか、苦いというよりむしろどこか不思議な感覚である。
 そこにどれほど痛烈な言葉が並べられていても、別段、怒りも悲しみも湧いてはこなかった。
 書かれている記事が事実であるかすらも問題ではなかった。
 ここに語られていることが歴史なのだ。今ならば、ごく自然にそう思えた。

 ふと気が付くと、元々少なかった閲覧客は皆とっくに帰ってしまっており、資料室はジューダス一人だけになっていた。
 博物館は、貴重な展示物や書物を、外気の急激な温度変化による劣化から保護するために、ふんだんな加温設備を備えてはいたが、それでも夕暮れ近くにもな れば、二重にしたガラス窓から外の冷え込みの気配が壁伝いに滑り降りてくる。
 やがて閉館を告げる館内放送が静かに流れ出し、ジューダスは、読み止しの本をぱたりと閉じて、傍らに積み上げた本を書棚に戻す作業に取り掛かった。
 階段を上ってくる人の気配がする。おそらくここの守衛であろう。
 そう思ってジューダスは作業を急いだ。


「お探しの書物は見つかったかい。」
 背後から予期せぬ声で言葉をかけられ、ジューダスはさすがに内心ぎくりとした。
「…。」
「熱心だね。ここ数日、君がここに通い詰めだとカイル君に聞いたよ。」
 振り返った視界の先にウッドロウが立っていた。
 口元に穏やかな笑みを湛え、気さくそうな目をしていたが、かけられる言葉の端には明らかにこちらへの詮索の意図が感じられる。
 しかしジューダスは、やはり慣れたように表情を崩すこともなくウッドロウに向き直った。
「少し、私と話をしないか。」
 昔からそうだったように、その相手に選択の余地を与えぬ口調に、仕方なくジューダスは無言で頷いた。
「君のことを少し、配下の者に調べさせたんだ。そうしたら、『ジューダス』などと言う名の人間は、どこの国にも存在しない、ということが分かった。おそら く『ジューダス』という名すら本名ではないんだろう。」
「……。」
 こちらの反応を窺うようなウッドロウの視線を受けてジューダスは黙り込んだ。
 けれどジューダスにとって、自分の身元が疑われることになるという事態そのものは予想の範囲内だった。
 本来においてはありえないはずの、ハイデルベルグ城での賓客としての扱いに、周囲から奇異の目で見られることになるのは当然の結果だった。
 おそらく『スタンの息子』という手を使って謁見を許されたカイルについても、しっかりと裏を取られたことだろうと思う。
 こんなことならば、時間はかかっても一般の謁見を申請し、宿屋にでも泊まるべきだったと苦々しく思ったが、今となってはもう遅かった。
「顔を見せてくれないか。」
 穏やかな物言いの中、ウッドロウの瞳の奥にチカリと光るものがある。
「…僕は家族を無くし、現在は、いわば住む場所も行く宛も失った身。訳があって仮面は取れません。」
 失礼、とそれだけ言って、ウッドロウに向かって丁寧に一礼をした。
 部屋の入り口側にウッドロウが立っているため、部屋から出るには、どうしてもその横を通り抜けなければならない。
 ジューダスは、可能な限り障りの無い所作でその場から立ち去ろうとした。
 やや早足にウッドロウの側を横切り、ドアノブにジューダスが手を掛けたとき、背後からまたウッドロウの声がかかった。
「何でもない仕草の一つをとっても、無意識に人のクセは出るものなんだよ。…君、作法の心得でもあるのかい。」
 その言葉に含まれた棘の気配に、ジューダスは、つ、と手を止め、ウッドロウを振り返った。
 その観察の視線に今度は自分に別の疑いが掛けられていることを確信した。
「…そろそろここの守衛が来る。陛下が得体も知れない者とこんなところで一緒にいるのを見られたら、よからぬ印象を与えかねない。」
 単調に早口にそう言って、なおもこの場から立ち去ろうとするジューダスの目の前を塞ぐようにしてウッドロウは正面に立った。
「心配には及ばないよ。守衛には、誰もここに通さないように言ってある。」
 口調はあくまでも穏やかだったが眼がそれを裏切り、こちらに少しの反論も許さぬ光を宿していた。
「…。」
「さて、話を戻そうか。」
 ドアの前から退こうとしないウッドロウに諦め、ジューダスは仕方なく、再度部屋の中に入った。
「君の名は?」
「ジューダスと。」
「本名を。」
「…。」
「答えられないのかね。」
「…僕は只のならず者のごろつきだ。最初にそう呼んだ者がいるから、以来、この名を名乗っている。」
 黙っていても相手はどうやら退く気はなさそうだった。
 ジューダスは相手の真意が分かるまで、なんとかやりすごし、場合によっては他の手段を考えねばならない、と思うところまで追い詰められ始めていた。
 ジューダスのあまり友好的とは言いがたい、抑揚の無い口調に、ウッドロウは、ふう、と短く乾いた溜め息を漏らした。
 強引に問い詰めても返って相手の態度を硬化させるばかりだと考え、しかし同時に高まる疑念はやがて自分の望む方向へと形を変えつつあることに、内心、少 なからず気を高ぶらせていた。
 ウッドロウは、ドアの前の位置から、部屋の中へと歩を進めた。
「…いいだろう。では、少し私と歴史の話をしようか。」
 そう言ってウッドロウは、部屋の中央に展示されている『神の眼』の模型の前に立ち、それに手で触れた。
「これは『神の眼』だ。先の騒乱の首謀者は誰だったかね。」
 立ち位置にして2mも離れていない、壁を背にして伏目がちにその模型に視線を向けたジューダスを意識しながらウッドロウは聞いた。
 少し話題が逸れたようで、ウッドロウが身元質問攻めの末に強引に正体を暴こうとするのを止めたらしいことに、ジューダスは僅かに肩の力を抜いた。
 どうやら搦め手に作戦を変えたらしい。下手に逆らうことは得策ではなかった。
 もしこの場で衛兵を呼ばれたりでもしたら、最悪強行突破も覚悟していたが、城に居るカイル達のことを考えれば、それだけは可能な限り避けたかった。
「…元オベロン社総帥、ヒューゴ・ジルクリフトだ。」
 取りあえず、ウッドロウの作戦に乗ってやり、相手の出方を窺う。
「いや、違うな。たしかにヒューゴの姿をしていたがね。真の首謀者は天上王・ミクトランだったよ。」
「…。」
「では次の質問だ。ここに、ソーディアンのレプリカが4本、展示してあるだろう。先の騒乱におけるマスターは誰だか知っているかね。」
「…ディムロスはスタン・エルロン、アトワイトはルーティ・カトレット、クレメンテはフィリア・フィリス、そしてイクティノスは陛下、貴方だ。」
「そう、私は先の騒乱でそのイクティノスを振るって、ある人物を斬った。彼は、海底の洞窟で濁流に飲み込まれてそのまま還らぬ人となったんだ。だが、どう やら『彼』は生きているらしい。何故だと思うね?」
「…分からない。答えようがない。」
 ウッドロウが、こちらの声音からも感情の機微を読み取ろうとしているのが分かる。
 この場で視線を逸らしでもすれば、それだけで、この真意の分からない相手に付け入れられる隙を作りかねないと思い、ジューダスは意図的に仮面ごしの表情 を殺した。
「では次の質問だ。ソーディアンは元々、6本あって、ここには4本あるが、ベルセリオスと、…シャルティエがここには無い。何故だと思うね。」
「ベルセリオスは、先の騒乱の首謀者ヒューゴ・ジルクリフトが所有し、シャルティエは四英雄を裏切った『リオン・マグナス』が使用したからだ。」
 抑揚の無い声でそう答えたジューダスの、その『リオン・マグナス』という名にウッドロウの表情が一瞬にして曇った。
 その一瞬の沈黙に、二人の間に確かに何かが交錯した。
「…そうだ、確かにここにある資料にはそう書いてあるね。だが、だがね、それは違う。『リオン』は脅迫されていたんだ。愛する者の命を盾にとられて仕方な く…、彼は、…ッ。」
 ウッドロウは突然そこで言葉を詰まらせた。
「彼は…。」
 息を詰めるようにして前かがみになり、自らの胸の位置をわし掴んだ。
 その表情は俯いた髪に隠されてよくは見えなかったが、苦く歪められているようだった。
 沈黙が二人を重く隔てた。
 狭い二人きりの空間で、俯いたウッドロウからは苦しげな呼吸音すら聞こえてきそうだった。
 瞬間、二人の間に18年前の光景が去来した。
 出会いも、そのとき交わした言葉もまるで昨日のことのように鮮やかなはずだった。
 勝者と敗者。英雄王と裏切り者。歴史という奔流に呑まれ、互いに口にしてはならない、決して蒸し返してはならない記憶がそこにある。
 眼前のウッドロウは、『リオン』という名に、明らかに感情を乱している。
 そして、まさにこのウッドロウの動揺や苦悶の表情が、彼の18年間の苦しみそのものだった。
 けれど、やはりここでそれに呑まれる訳にはいかない。
 ジューダスは、唇を引き結んだまま、やや離れた立ち位置を保ち、意図的に沈黙を固持した。これが今、ジューダスとして生きていることの証のように、そう した。
 しかしその無反応さに堪らなくなったようにウッドロウは急に顔を上げてジューダスを鋭く睨み付けた。
「…君はこの数日、ここに通ってここに収められた歴史の資料を読んだな?。編纂者に私の名が入ったものもかなりあっただろう?。君、…ここの資料は皆デタ ラメだよ。生き残った者たちが、…私たちが!、勝手に自分たちに都合よく捻じ曲げ、解釈した歪んだ歴史だ。」
 そう言ったウッドロウは、その声も表情も既に冷静さを失っていた。
 しかし一度言葉が口をついてしまうと、あとは堰を切ったように溢れ出た。
「私がそうさせたんだ。国を立て直すためには、一度壊れてしまったものを修復するためには民の団結が必要だった。だから、皆に分かりやすい悪人を用意しな ければならなかった。私たちは、…実の親に脅迫され、自ら命を差し出した少年をよってたかって殺したばかりでなく、死んでもなお、彼の名誉に泥を塗りつづ ける臆病者で卑怯者な んだ…!。私は18年間ずっとそのことを考えつづけて…っ。」
 語尾はもう、まるで叫びのようだった。
 ウッドロウの握り締めた拳が小刻みに震えている。
 これほどまでに感情を露にしたウッドロウを見たことがないと思った。
「私はこの国の王だ。…全部、この国を守るためにしたことだ。別にそれが悪いこととも思わなかった。そんな余裕、私にありはしなかった。やったことに罪の 意識など感じるはずもない。…だが、…それなのに、…あのときのことがどうしても脳裏から離れないんだ…ッ。」
 叫ぶようにそう言って、けれどウッドロウは自分の言葉にひどい衝撃を受けたように、片手で自分の眉間を押さえた。
 外は風が強くなったようだった。
 時折の突風がガラス窓を揺らすカタカタという音が室内に響いた。
 ジューダスは、少しだけ唇をかみ締め、すっと目を伏せて、ウッドロウから視線を逸らした。
「…歴史は。…生きている者が作っていくものだ。」
 ジューダスのその静かな言葉を受けて、またウッドロウの瞳に形容しがたい光が動いた。
 そして、よろめくように壁際まで行くと、そこに背をついて凭れかかった。
「…いつもそうやって、自分一人で判断して、結論を出して、納得して。…置き去りにされた者は、みじめにされていくばかりで、…私は一体どうすればいいん だ。…私はね。この18年間ずっと考えていたんだ。彼と、共に過ごした時間とか、交した言葉とか。何故、私に何の相談もなく敵になる道を選んだんだってこ ととか、そんなことをね。本当に馬鹿みたいにね、ずっと、同じことばかりを18年も考えていたんだよ。けれど結局は、…全部私の独りよがりな思い込み で、…彼は私のことなど歯牙にもかけていなかったっていうことさ…。」
 どこか吐き捨てるようにそう言ったきり、ウッドロウは口をつぐんだ。
 もう一度『リオン』に会うことができたのなら、過去に戻れるのなら、伝えたいことは、こんな言葉ではなかったはずだった。
 なのに今、当時の姿のリオンによく似た少年を前にして、口を突いて溢れる言葉は自己弁護ばかりだった。
 結局いつまでたってもリオンの影からも、後悔も愛しさも、決して昇華されずに澱みのようにわだかまり続ける。
 しばらく二人は黙ったまま立ち尽くし、ジューダスは眼を伏せたまま『神の眼』の模型を見つめた。もうすっかり日が落ちて、だんだんと部屋の空気も冷たく なっていくのが分った。
 ジューダスの伏せた瞼がふと動き、仮面の奥の瞳が再びウッドロウを見つめた。
 そしてゆっくりとウッドロウの方に歩いていき、側にある展示台から『ソーディアン・イクティノス』のレプリカを手に取った。
「…憎いか…?、『リオン』が…。」
 その言葉に、はっとしたようにウッドロウが顔を上げた。
「消せない過去は、…苦しいか…?。」
「…。」
 ウッドロウは身じろぎもせず、ジューダスを横顔を見つめた。
「…リオン、…なんだろう?。」
 息を呑むようにして問いかけられた言葉には応えず、ジューダスはウッドロウの正面に向き直り、すっと『イクティノス』を差し出した。
 それは模造剣ではあったが、充分に通常の剣として機能する刃を備えている。
「…時は戻らない。…けれど、どうやら物事にはいつも例外というものがあるようだ。」
 ウッドロウの瞳が見開かれるのを見ながら、自分がその表情すらも崩していないことを意識して、ジューダスは静かに言葉を紡いだ。
「18年前当時、『リオン・マグナス』は16歳だった。『リオン・マグナス』は、海底の洞窟で、四英雄に斃され、死亡した。これは、どの歴史書にも書いて ある、歴史の事実だ。それでも貴方は、僕が、…リオンだと、そう思うのなら、今ここにいる僕は貴方を18年間、苦しめ、惑わせ、悩ませ続けた亡霊というこ とになる。…当時の姿のままにここに現われて、貴方を追い詰めているというわけだ。…だから、貴方は今、この『イクティノス』で、この僕を斬れれば、きっ とその影から解放される。」
「…。」
 ゆっくりと自分の唇の端に笑みが灯るのにジューダスは気付いた。
「今の気持ちのままに、過去を、…清算できるんだ。」
「何。」
「…18年前、『リオン・マグナス』は、自分を捨て駒として育てた男を父親として慕い、その関心を得ようと必死だった。」
 唇の端の笑みはやがて完全なものとなり、その口調はどこか誘うようにすらなっていく。
「…。」
「貴方は、先程『リオン・マグナス』は、愛する者の命を盾に取られて命を差し出したと、そう言った。それは確かに間違いではないが、本当はそれよりも、父 親への執着の方が勝っていたんだ。…世界を破滅の危機に陥れたあのダイクロフトの復活も、元を正せば、親の期待に応えたいだけの、健気で、馬鹿馬鹿しいく らいにセンチな子供の感傷だったというわけだ。」
「…。」
「だけど、もしも今、…あのときと同じように、『父のために死んでくれ。』と。そう言われれば、『リオン』は、やはり同じことをするんだろうな。」
 低く言って、ジューダスは『イクティノス』の柄をやや強引にウッドロウの手に握らせ、そこから少し距離を置いて向き合った。
 そしてジューダスは、ゆっくりと腰のところの短剣の柄に手を掛けた。
「無抵抗の者は斬り辛いだろう。僕はこの短剣を使う。これ一本で充分だ。それぐらいのハンデはくれてやる。」
 そう言ってジューダスの唇から笑みが消え、短剣を抜き払った瞬間と、ウッドロウがイクティノスを頭上に振りかざしたのは、殆ど同時だった。
 真っ直ぐに振り下ろされる重い長剣を避けながら、隙を見て剣戟を繰り出す。
 閉じた空間に、空を切り裂く金属の鋭い音が連続して響き、二人の眼は焔を孕んで本気になる。
 なぎ払うようにして繰り出される太刀。その切っ先には紛れも無い殺意が篭っていた。
 18年間を断ち切るための、限りなく純度の高い殺意だった。
 相手の反応を見ながら、最低限怪我をさせないだけの配慮をしたが、基本的に手は抜かなかった。
 今となっては明らかにジューダスの方が腕が勝っていたが、その本気を映せば手加減できるほどの余裕はなかった。
 ウッドロウは繰り出された剣戟を避けるが、ジューダスはそれを読んでいたかのように、すかさず下からすくい上げ、喉元を狙って突き出す。
 懐に入られなければ、リーチの差が戦いを支配する。
ウッドロウはバックステップで距離を取りながら、連続で繰り出される短剣をイクティノスで受ける。
 剣が合ってしまえば、振り払う力は重量のある長剣が有利となる。
 しかしジューダスは、その力を逆に利用するようにして流すと、すっと身を沈めて懐に入り込み、そのスピードをもって容赦のない力でイクティノスの柄の部 分を薙ぎ払った。
 受けた衝撃に、ウッドロウは無意識に腹の傷をかばった。
 ウッドロウはよろめき、そのまま傍にあった展示棚に背中からぶつかった。
 展示棚の上の『神の眼』の模型は床に落ち、そのガラスの球体は床との衝撃に耐えられず、脆く砕け散った。
 その衝撃音の一瞬後、ウッドロウの右手から力尽きたように『イクティノス』が離れ、床に落ちた。
 動きを止めた二人の間に、粉々に砕けたガラスの破片が鋭利な光を放っていた。
 ばらまかれた破片の無数の光を前にして、ウッドロウは肩で荒く息をしていた。
「…これを。」
 その肩からは力が抜け、先程までの凄まじい緊張が解けていく。
「…これを、…『神の眼』を破壊したって、私は少しも救われやしなかった。」
 深く息を吐くようにしてそう言うと、ウッドロウは床に膝から崩れ、その場で項垂れた。
「他に、手立てが無かったはずはないんだ…。」
 私は間違ったんだ。低くそう言ってウッドロウは傍らに落ちていたガラスの破片を手に取ると、それを力任せに握り締めた。 
 掌の皮膚が切れて血が床に滴り落ちたが、ウッドロウはそれを強く握り締めたきり離そうともしなかった。
「…やめろ。」
 ジューダスはウッドロウの手をとった。
 硬く握られた拳を、指を一本一本、丁寧に開いていくようにして血にまみれたガラスの破片を取り除いた。
 掌の傷は深くはなかったが、血は止まっていない。ジューダスは手に白い布を巻きつけて
簡単な止血を行った。
 ウッドロウはその間、みじろぎもせず、手当てをされるにまかせていたが、ふと、その指の細さと、手の温かさに、息を詰めるようにしてジューダスを見上げ た。
 仮面が外されていた。
 自分を見つめる紫の瞳は、18年前と少しも変わることなく、その姿は、すがるようにして焦がれ続けた記憶の中の彼そのもので。
「…君、なんだな、…リオン。」
 憎むように愛した。
「ああ。僕だ。…ウッドロウ。」
 

 出会うはずのない、歴史の狭間で再会は果たされた。
 歪め、改ざんして歴史を語るのが生きる者に赦されるのであれば、この出会いもまた、どうか真実であれと…。

                      











2004 0130  RUI TSUKADA

 焦がれ続けたリオンちゃんとの再会でした。
 よかったね、短い間だけど、束の間の逢瀬を楽しんでくれ、髭!。とエールを贈ってしまうぞ。

 でも、書いててあまりにも情の深い髭王にジューダスは正直少し引くんだろうなぁ、と(笑)。普通、こんなに想われたらコワイ。
 
 髭×ジュを書いていると、悩み、惑い、狂うのはもっぱら髭ばかりで、ジューダスは16歳とも思えぬ落ち着きぶり。『ヘタレ攻め』決定ですな。
 私はヤオらーをやってて書くものといえば、もっぱら受けキャラが悩み、苦しむのばかりだったような気がしますが、髭×ジュに関してはめずらしく逆。我な がら驚いてます。でもって、すごく新鮮です。