『凶 暴な純愛』 |
なんてことだ…。 ロニは頭を抱え込み、硬めの銀髪をぐしゃぐしゃと勢いよくかき混ぜ、ついでにらしくもなく盛大にため息をついた。 ガキの頃からそれなりに苦労もしてきて場数も踏んで、歳だってそれなりに大人。 多少のことではめげず挫けず。根性とマイペースさを保つことには自信があった。 それなのに。 今の自分のこの有様は一体なんなんだ…!。 ここ、アイグレッテの賑やかなバザールからちょっと外れたあたりの一角で、ロニは路肩にある花壇の積み石をベンチ代わりにして項垂れながら座り込んでい た。 アイグレッテの街は、バザールに色とりどり種々雑多な露天商が立ち並び、人通り多くて活気に満ちた素敵なところだ。 健全な老若男女が忙しげに働く昼日中、若くてガタイのいい男が路地の片隅に座り込んでいる図とは、言うまでもなく見栄え悪くも非常に目立つ。 しかも全身から沸き立つアンニュイさもそのままに、周囲に鬱鬱とした空気を振りまいていれば、その怪しさも倍増というもの。 さっきも道ゆく人がちら、とこっちに好奇の中に冷ややかさを盛り込んだ視線を投げてきた。 ナンパはノリとテンポと爽やかさ、あとは色気を少々。日々これらを念頭に置き、修練を続ければ、男が鍛えられる。そう信じて疑わないロニではあるが、 さっきから通り過ぎる人のこちらを見る視線が、ちくちくと刺すようで、ロニのナンパ・テンションも、そろそろ自己最低の数値を記録しそうだった。 なんてことだ…。 今日何度目かの盛大なため息である。 自分が男として生を受けた以上、美女と運命の出会いを果たすこと。これが目下のところ、ロニの最重要目標であると言っていい。 一見イイカゲンで軽薄そうに思われるかもしれないが、美女は美女であるべくして美女なのだ。 必然的に競争率の高い美女との出会いによって、自然男は磨かれ鍛えられてゆき、やがては最高の美女と結ばれるのは最高の男となったときである。 これがロニの持論であるのだから、あながち馬鹿にしたもんでもあるまい。 ナンパが男を磨くに合理的手段であるかどうかはさておいて、美女と出会うに、何もしなければ何も始まらない。すなわち、男として存在している限り、自分 と一体不可分だと思っていたナンパ!。これが最近全然ノらないのである。 いわゆるスランプという奴で。まだ陽も高いけど、そろそろ宿に引き上げようか、などと弱腰ムードも立ち込め出した。 普段の自分なら絶対ありえないこの根性の無さ加減。がっかり肩を落としてしまうあたり、かなりの重傷であると言っていい。 身体の方は元気でも、ストレスとか、よほどのショックがあったとかで、全然だめになるという話は、よく聞くではないか。 ついに自分は性的不能者の仲間入りか!、とも思ったが、あっちの方は至って健全である。 元々淡白なタチじゃないし、むしろ人一倍、…だという自覚がある。若いし。ああ、つまりはあっちじゃなくて、そっちの問題。心の方の問題だと。しかし、 そう考えても事態は進展しないわけで…。 はぁ〜〜と、また溜息。 しかし陰陰滅滅とした気分の中で同じことを繰り返し反芻するのもいい加減飽きてきた。 投げやりになることは決して好きじゃない。けれどこうもどうしようもなくテンション落ちまくれば自己嫌悪にも似た疲れがどどっと押し寄せてきて放り投げ たくなってくるのもまた事実である。 ロニはすっくと立ち上がり、ええい、とアイグレッテのバザールに背を向けて、宿へ引き上げることを決心した。 一体いつから自分はこんな腑抜けになったんだ、と考えれば、思い当たるフシがある。 旅のメンバーの一人に、とびきりの美人がいる。 白い肌、細い顎に、すうっと通った鼻筋。意志の強そうな瞳は綺麗な紫色で、睫がばさばさ長くて、素直な黒髪はさらっさら。腰がこれでもか!、というくら い細くって、きゅーっと上がったヒップラインは極上だ!。おまけに立ち居振舞いは見とれてしまうくらいスマートで綺麗でさ。 そんな美人とガツガツ飢えた健康な若い男が同じ部屋で寝泊りすることを想像してくれたまえよ。 寝顔のカワイさに関しちゃあ、非常識を余裕で通り越して犯罪級だ。 あの長い睫が柔らかそうなニキビひとつ無いブキミなほど綺麗な頬に影を落とす様なんぞ見た日にゃ…。でもってその無防備な姿態。 これらを二人きりの密室(?)で、毎日のように目の前に晒され、己の信条の骨格を成していたところの面食いが仇となり、その、凶悪な色香に 惑わされ、ついに我慢も限界を越えたある日、うっかり強姦(汗)してしまったのだ。 当然ながら、その後は深刻な冷戦状態。 いや表面上は穏やかだったんだが。こっちに謝るスキも与えてくれないあたり余計コワかったと言うか。 だが、それも自分の精一杯の告白と、その美人の多大なる譲歩とで、何とか元のさやに戻ることができた。 あれからジューダスは露骨に警戒するような態度を取らなくなったし、傍らに凶器を常備したまま、本を読んだりするようなこともなくなった。 以来、良好な関係はずっと続いている。ホント、旅を始めた頃の険悪状態から考えれば、驚くくらいにいい感じだ。 ジューダスは。 頭が良くて、要領も良くて。歳のわりにひどく大人びていて賢いという領域すらも超えてしまっているようにも思えるけど。かといって神経質すぎることなん か全然なくて、責任感もあって、自分の分担は確実にこなしつつさりげなく皆をリード出来て。でも何もかもうまくこなすように見えて、実は結構不器用なとこ ろも あって、それがまたかわいくて。 ほら、こんなふうにジューダスの内面からして惚れることが出来るようになっている。 これって結構すごいことだと思うのだよ。 で、幾多の苦難を乗り越え、恋人同士になって、めでたしめでたし…、であったかと言えばそうではない。 次がないのだよ、次が!。 そりゃ、最初のときは確かにひどかった。準備なけりゃ、対策も講じなかったし、おまけにこっちの技術もなかったもんだから、相当痛い思いをさせてまっ た。 事後のシーツを見たって、どれほど酷いことをしたのかよく分かる。 目の前にこれでもか、というくらいに美味そうなゴチソウを並べられたときの飢えたオオカミよろしく食い散らかすことに夢中だったから、いわゆる小ワザを 使うと言うか、…つまり、その、何だ。外に出そうとかも、しなかったし…。 レイプされたあとシャワーを使わねばならなかったときのジューダスの心境を考えると、なかなかツライ。 次の朝には、ジューダスは平気な顔をしていたけれど、あれはかなりの忍耐力だ。 そういうこと考えると、もう、地面に額をすりつけて謝りたくなってくる。 しかし、だ!。 健康な肉体と精神(ここは疑問)をもつ、23歳の若い男が、惚れた相手と同じ部屋で寝泊りしていて、あれ一回こっきり、しかもそれはこっちもロクに覚え ちゃいない狼藉沙汰。 汚名返上名誉挽回の機会も与えられることもなく無しのつぶて。 こっちだって本当はあんなのじゃなく、名前呼んで髪にそっと掌など差し入れて、優しく抱き寄せて大切に抱きしめたりとかしたいのに、あれからというも の、和やかな雰囲気に押し流されてばかりで、さっぱりそっちの方とはご無沙汰では、あんまり生殺しではないか。 だけどいくら飢えているからと言っても、最近ちょっとは笑ってくれたりするようになったカワイイ美人に、若い男の性衝動もそのままに、最初のときのアレ を繰り返して今度こそトドメのように嫌われてしまうのは、『仲間』としてのジューダスも惜しすぎる。 いや、この際、奇麗事はやめよう。 はっきり言って欲求不満だ。 こういうときはやっぱアレでしょうか。代替。この制御不能なギリギリ限界水域、堤防決壊リミットまであと1cm(謎)と切羽詰った状態のアレ、すなわち 欲求不満を解消するには、本命ダメなら他をあたるしかないんでしょうよ。 そう思って精神修行もかねてナンパに出てきたのであるが、これがさっぱり気分が乗らないではありませんか。 よって惨敗。昼間のアイグレッテの健全な雰囲気が余計傷を広げてしまった。 要するに、だ!。 自分はツライツラーイ純愛に突入してしまったのである。目下オアズケ喰らっている美人が本命も本命。それこそ他には全然興味がいかなくなってしまうくら いの重症ぶりなわけである。 ## 「ロニ。」 はぁ〜〜〜〜〜(溜息)。 「おい!。…どうしてお前は、さっきからため息ばかりついているんだ。」 え。 ロニがぎくりとして顔を上げると、ジューダスが「鬱陶しいぞ。」と綺麗な目をして言い放った。 …ジューダスは、綺麗な女顔をしていて、それでも完全には女の子のような顔にはならないのは、この結構鋭い光をもった瞳のせいで、睨んだ顔もやっぱり綺 麗だった。 「またナンパが失敗しただの、フラれただのというのなら、同情には値しないぞ。お前は根本的に何か間違っているんだからな。」 「……。」 ナンパか。 ロニはがっくりと項垂れた。よりにもよって、一番言われたくない相手からのキツイ一言だ。 「…気が滅入って仕方ないというのなら、カイルのところにでも行ってこい。少しは気がまぎれるだろう。」 ロニは少々苦々しい顔になった。 最近はこんな風に、ジューダスもこっちに気を回してくれるようになった。 けど、これだけ一緒の部屋で寝泊りしていて、やはりお互い様ってところはあると思う。 ジューダスだって、根本的に何か間違っているんですがね。 そう思って、ロニはいかもに不満げにジューダスを見てやった。 「…言っておくが、僕はお前の気を紛らせる相手にはならないぞ。ああ、酒もだめだな。お前はすぐ調子に乗って度を越すから明日に差し支える。」 釘を刺してくるところも抜け目がないようでいて、話自体は本題から逸れていくばかりだ。 心配せずとも酒なんて飲む気にもならん。絶対ヤケ酒になる。 「…そんなに俺、ひどい顔してるかよ。」 「ああ、ひどいなんてもんじゃないな。…ひょっとしてホントに具合悪いんじゃないのか。」 「…あいにくすこぶる元気だよ。」 身体は元気です。はい。 「そうなのか。」 短くそう言ってジューダスが首を傾げた。ちょっとはこっちに興味を持ってくれているようである。何気にラッキー。そう思ってロニは『ぐったり項垂れ作 戦』を続行した。 会話してても、相手が自分と共通の認識を持っているかいないかで随分、展開には差が出てくるだろう。あたりまえだけど。 ジューダスは元来鈍い方ではない。こっちがそういう意味で好意を持っているのも自覚してるだろうし、ついこの間までの冷戦中、傍らに凶器を常備して挑発 していたイジワルさんだ。 少しは責任感じろよ。そう思ってロニはますます具合悪そうに頭を抱えてみせた。 ジューダスの視線が興味を帯びてきている。ラッキー…。 「…じゃあ、やっぱり精神的な問題の方だな。お前は結構、細かいところがあるからな。」 「細かい?。」 思わぬ言葉にロニは思わず顔を上げて眉をひそめた。 小さいころからこれでも苦労してきたもんだと自負している。ガキの時分から大人の中に混ざって勤労少年してたし、学校に通わせてくれた養い親には感謝も してるし、常に他人の中で暮らしてきて、それなりに精神的にも鍛えられたもんだと思っている。繊細さんでは正直やってけなかった。 だからこれまでも、大雑把とか、図太いとか言われたことはあっても、精神的に細かいなどと言われたことはなかった。 「そうだ。思ったとおりに事が進まないと、すぐに落ち込んで顔に出るタイプだ。」 ちょっと待て。 「おい。俺のタイプなんて、何でお前に分かるんだよ。」 やや乱暴なもの言いを、ジューダスは冷静な顔で受け止め、「バレバレだな。」と言い切って見せた。 「お前は単純で分かりやすい。ずっと一緒に行動しているんだからな、別に僕じゃなくても誰にでも分かると思うぞ。お前は気分をすぐ表情に出す。」 言い切られてロニは返す言葉を飲み込んだ。 確かにジューダスの言うことは当たっているかもしれん。日頃、見境無くナンパしまくっているようでも、それはあくまでも常に理想は高く持ち、好みに非常 にうるさく、目標を高い位置に掲げがちであるからこそなのだ。 とりあえず挫けずがんばる根性にも自信はあるわけなんだけど、いかんせん、思い通りにならないことの方が当然ながら断然多いワケで…。 その証拠に今だって美人に大苦戦を強いられているワケで。 「一体、何をそんなに悩んでいるんだ。」 こうは聞いてくれるものの、そろそろジューダスも義理モードに入っている。 その証拠にジューダスはもうこっちを見ていない。視線はすっかり本の方に向いちゃってるし、声は一本調子だし。 活字中毒め!。それにはそんなに面白いことが書いてあるのかよ。でもこれもプライバシー不干渉主義者の、こいつなりの気遣いなのか?。 こんちくしょう。本にまで妬いてしまうあたりどうしようもないワケなんだけど、こうなったら、ひとつ逆襲したってバチはあたるまい。 では…。 「俺、実を言うと、…欲求不満なんだ。」 ためしに爆弾を投下してみました。 たまってるんです。 案の定、ジューダスは本から目を離し、こっちを見た。そして「はぁ?。」と言う顔をし、次の瞬間、絶句したような顔になった。 あ、やっぱり失敗だったかな。なにせ、こっちは強姦しちゃった前科持ちである。 こんなセリフをしみじみ言ったら、またジューダスは警戒一色になってしまうではないか。 ああ、しかし爆弾というものは、一発投下で終わらない。何しろこっちには在庫が腐るほどあるし、それこそ日々増産されている。 2発目投下。 「…こんなとき、好きな子にキス、とかしてもらえたらなあ…。すぐに元気になれるんだけどなあ。」 ジューダスはその綺麗な顔に露骨に嫌そうな表情を浮かべた。 意味はばっちり通じたようだ。 「ナンパでもしてこいッ!。」 あっち行け!、と言わんばかりのジューダスにさすがにこっちもむっとする。 こっちに興味をもってくれてる素振りを見せつつ、話を本題に戻した途端にこれである。正直腹がたってきた。 「だからそれは惨敗だったんだって。…お前のせいで!。」 「何でそれが僕のせいなんだ!。」 「ナンパしようとしても、お前の顔がチラチラチラチラしやがるから、全然、気分が乗らないんだよ!。この際はっきりさせてやるぜ!。お前のことで頭いっぱ いなの!。もう病気なの!。他のやつになんか、全然その気にならないの!。」 言ってる間に開き直ってきて、ロニはむしろ毅然と言い放った。 しかしこういう場合、情けなさとはえてして後からやって来るもので、一瞬毎の沈黙がひどく居心地を悪くする。 さっきから欲求不満だとか、キスだとか、これじゃあ、好きな子にわざといじわるしてしまうガキそのもの。この惨めな会話の展開はやっぱりものすごく不本 意だった。 ロニは突然、ばっ!と立ち上がり、どかどかとベッドの方に歩いていくと、どさんと横になり、ジューダスに背中を向けてフテ寝を決め込んだ。 背中にジューダスの視線を感じる。ああ、多分、いや絶対軽蔑された。それ以前の問題かも。 最近、やっとマシになってきたと思ったのに、今回のこれで、きっと決定的にジューダスの評価を下げてしまっただろう。実はこれが相当痛い。 もういいや、寝てしまえ。忘れてしまえ。 さようなら、俺の恋。 少しの沈黙があったあと、後頭部にぽん、と掌の重みの感触があった。 背後に人の気配がする。 ん?。 ガラにもなく、心臓がどっきりと耳にも届くくらいの音で鳴った。 はっとして、身体を横に向けるように寝返りをうって、顔をその、人の気配の方に向けた。 すると、すごい綺麗な顔が至近距離にあったのだ。 そして、そのすごい綺麗な顔は、どんどん近くなって、もう、こんな狭い視界じゃ充分に捕らえきれなくなって、思わず目を閉じた。その瞬間、ふ、と温かく てやわらかい感触が唇に触れた。 一瞬のうっとりとするような心地にぐらぐらしてる間に、唇は離され、そのすごい綺麗な顔も、視野の中からどんどん小さくなっていく。 カメラのズームみたいだった。 ジューダスは冷静な顔をして見下ろしてくる。 「少しは元気になったか。」 「……。」 ロニはこの急展開についていけず、ショックのあまり、ぽかんと口をあけて、それでもこくこくと大きく何度も頷いた。 なった…。元気になった。 けれど、あたかも思春期真っ只中のごとき初々しい(?)情緒を持ちつつやっぱり若く健康な青年男子であるところのロニは、トキメくことによってしばしば 遭遇する現象に直面した。 こっちは。こっちの元気になっちゃった方はどうすれば。 そう言いたかったが、さすがにそこまで図々しくはなれない。 魔法のようなこの効果。これが何故だか分っていたし、この衝動の意味を追求し、ノリに乗じてしまいたい気持ちが無いはずもない。 「…なったようだな。」 そう言ったジューダスの前髪がさらっ、となびいた。ロニはそれに触りたくて、うずうずして仕方なくなった。 けれど、なけなしの理性が必死にブレーキをかけてくるようで。 なんと言っても、相手はあのジューダス。本命には慎重にならねば。 急いてコトを仕損じたのでは、もったいなさすぎる。 最初はそりゃあ最低も最低。 その綺麗な素顔にくらくらっときたら、次の瞬間には、相手の気持ちを確かめるなんて、頭の隅をかすめもせずに、押し倒して食い散らかして。 けれど今は、こんな触れるだけの、それこそ角度もつけずにホントにちょんと触れるだけのキスひとつにも心臓がばくばくするくらいにときめくことができる んだか ら、人間てのはつくづく分からない。 おそろしく順序がばらばらだけど、おそらくこれはまぎれもなく純愛。 願わくば、このまま順序どおり続きをこなして最終目的に到達したいものだと。 |
2004
0308 RUI TSUKADA |
軽い話は、書いているこっちも軽い気分になれます。 ロニジュはいいね。こういうホノボノちっくな軽い話が書けるのは、リオン時代じゃありえないことだ。 何と言ってもロニのオスくささに助けられてます。 ロニが喰いたがっているのが見え見えだけど、ジューダスも実は全然嫌がってない。 「もっとゆっくりゆっくり。」とか焦らしまくって誘っているぜよ。 歯がゆい両想いだ!。砂吐きほのぼのだッ!!。 こんなのが続くとまたどかーっと、重いヤオイも書きたくなるよ(笑)。 |