『彗星の下』 




 カルバレイス大陸の気候は厳しく、その変動は激しい。
 昼間は、カッっと灼けるような太陽に照りつけられて大地は乾燥し、いたるところで砂嵐が起こるかと思えば、夕方になると突然に、滝のような豪雨に見舞わ れたりする。
 この日も、午後になって突然激しい雷雨が降り出した。
 ここ、チェリクの街では、アイテムの買出しのついでに港の方に散歩に出ていたカイルが、この突然の雷雨から避難するようにして、メンバーの宿泊している 宿に駆け込んだ。 
 傘や雨具はおろか、体を拭くタオルすら持っていなかったため、宿に着くまでに全身ずぶぬれになってしまい、これでは着替えるよりも先に、そのまま浴室に 直行した方がよさそうだった。
 カイルは身体からポタポタと滴る雨水が、古いながらもよく磨きこまれた木製の廊下を濡らすのを、宿の掃除の人に悪いな、と思いながら、ペタペタと素足で 階段を昇り、自分に割り当てられた部屋に向かった。
 カイルの部屋は二階の一番奥の部屋であった。
 昼間は他の宿泊客も遊びに行ってしまっているのか、廊下にはひとけがなく、雨音以外には何も聞こえず、薄暗くて静かだった。
 カイルは、ふと、自室の一つ手前の部屋のドアが、半開きになっているのに気付いた。
 そのドアの開いた隙間からそっと部屋をのぞくと、室内は薄闇に包まれ、しんとしていた。
 近くで雷鳴が轟き、そのたびに室内に白紫っぽい色の閃光が走った。
 誰も居ないと思っていたのに、閃光の中に人影が浮かび上がったので、カイルは一瞬、驚きに声を上げそうになった。
 ジューダスだった。
 ジューダスは、窓辺に立ったまま、窓の外の明るさを頼りに本を読んでいるところだった。
 一人きりで居るためか、ジューダスは仮面を外していた。
 そしてその横顔は、薄暗い室内にあって、いつもの彼とどこか面差しを異にしており、どこか非現実的な雰囲気に、カイルは一瞬、かける言葉を失った。
「何を読んでいるの。」
 カイルは、努めて明るい調子で声をかけた。
 ジューダスは読書に集中していてカイルが部屋に入ってきたことに気付いていなかったので、はっとしたように本から目を離し、ぱたりと本を閉じた。
 カイルがジューダスの手元を見ると、その本のタイトルが見て取れた。
 カルバレイス地方の気候、文化、歴史が記された書物のようだった。
 そしてジューダスの立っている場所の横にある、小さな木のテーブルの上には、数冊の本が積み重ねられており、地図帳や分厚い年鑑もあるようであったが、 一番上には、カルバレイス地方に生息する生物のことを記した書物が積まれていた。
 ジューダスは日々、こんなふうに知識を増やそうとする姿勢をくずさない。
 こうしてわずかな時間でも空いたりでもすれば、常に何かの本を読んでいる。
 そしてそれは、この旅を始めたばかりの頃であっても、こうして空に彗星を見上げる最近になっても変わらないことだった。
 カイルは、ややあって、「ごめん、じゃましちゃったね」、と言った。
 ジューダスは、「いや…。」、そう穏やかに答えた。
 雨は一層強くなり、ときおり雷鳴が轟き、窓から見える広い空に、一瞬稲妻が走った。
 そしてその光は室内をまるで海の底のように青くした。
 窓から外を見下ろせば、チェリクの港の方で、仕事をしていた漁師や露店の女達が、強い雨の中を叫びながら次々と、建物の中に入っていく様子が見て取れ た。
 ジューダスは、カイルの方を向き直り、そこに立っているカイルを見た。
「びしょぬれじゃないか。この雨の中、うろついていたのか?」
「うん。…そうだ、俺、こんなだから、このまま風呂に入ろうと思っていたんだ。」
 カイルはふと、自分の足元をみた。カイルの身体からぽたぽたと滴り落ちる雨水で、足元はすっかり水溜りになっていた。
「ご、ごめん。ジューダス。俺…。」
 気まずそうに口篭もったカイルに、ジューダスは小さく首をふった。
「…いや、いい。お前は早く風呂に入って来い。…僕がやっておく。」
 カイルは、もう一度ごめんと言うと、ドアの方に向かった。ドアノブに手をかけたところで、室内を振り返る。
 再び稲妻が光り、また室内が青く染まった。窓辺に立っているジューダスの姿が、青く浮かび上がり、その身体から一瞬、輪郭が消えたように見えた。
「ジューダス!。」
 思わず声をかけていた。
「何だ。」
 声は聞こえているのに、雷鳴の逆光のためか、その姿は現実感の伴わない幻のようだった。
「…お、俺、ジューダスの部屋のシャワー、使っていいかな。」
 カイルは慌てて、
「…この格好のままうろつくと、また廊下をびしょびしょにしちゃいそうだし。」
と言い訳を付け加えた。
 いぶかしげに首をひねりながらも、好きにしろ、というジューダスの返事を受けて、カイルはまた部屋の中に入り、バスルームに向かった。
 



 ##
 
 食事が済むころには、雨はすっかり止み、夜空は穏やかに晴れ上がっていた。
 メンバーの約束事の一つである夕食後のミーティングも終わり、カイルは部屋に戻るべく二階に上ると、丁度廊下で、ジューダスが部屋のドアノブに手をかけ ているところにでくわした。
「ジューダス!。」
「…何だ。」
「あの、さ。よければだけど。俺とちょっと外に出ない?。」
「僕と?。」
 ジューダスを見つめる視線のどこかに、少しだけ切羽詰ったものが混ざったのかもしれない。
 ジューダスはその表情を読むかのようにこちらを見据えてくる。
「少しでいいんだ。」
 カイルは努めて表情を明るくし、「行こう!。」そう言って、率直な子供らしさそのままの態度でジューダスの腕を取った。
 手首を掴んだときのその細さに一瞬、何か動揺めいたものを感じたが、カイルはそれをどこか否定するようにしてジューダスの腕を引くように歩き出した。

 チェリクの宿屋の正面の出入り口から表に出ると、街はもう、すっかり夜闇に包まれ、街の常夜灯のみが、ぽつぽつと雨に濡れた路面を照らしていた。
 雨はすっかり止んでいたが、まだ建物の屋根にたまった雨水が滴り落ちるポタポタという音が、あちこちから聞こえてきた。
 雨上がりの湿気を含んだ穏やかな風にのって、かすかな潮の香りがした。 
 二人は何となく、その香りに引かれるようにして海岸の方に向かった。
 雨上がりの足場はゆるく、途中、「転ぶなよ。」とジューダスが言い、カイルが「転ばないよ!。」とムキになる。
 すると、ジューダスがふっと短く笑ったようだった。
 けれどこれほど足場が悪いのに、ジューダスの歩き方はやけに滑らかで歩調が速かった。
 最初はカイルが前になって歩いていたのに、何時の間にか位置が逆になっていて、カイルはぬかるんだ道にやや足をとられるようにして、それでも何とか転ば ないようにしてジューダスの後ろを追っていった。
 しばらく歩いて、二人はようやく砂浜の方に出てきた。
 視界の開けた波打ち際で見上げれば、濃紺の空に、かっきりとした形の白い月が浮かんでいる。
 高い空は、空気も澄み渡っていた。
 けれど、月から少し視線をずらすと、いびつな形をした『彗星』が見える。
 まだ小さいが、数日前までは、確かにわずかな点に過ぎなかったと思うのに、今や、その形も肉眼で捉えることができるようになるまでになっている。
 まぎれもなく、『それ』が接近して来ているという証拠であった。
 もう、ここからではチェリクの街の明かりが届かない。
 辺りの闇は濃く、月明かりだけがたよりだった。
「ジューダス、あそこ座ろうか。」
 カイルが少し高くなったところの岩場を見つけ、指差した。
 それは、潜って漁をする者たちが、獲物を採るための装備品を整えたり、採ってきたものを並べたり、干したりするために設けられた岩場らしく、人の手に よって磨かれ、整えられた表面は滑らかで、充分な広さがあり、もう雨水も乾いているようだった。
 二人はそこに並んで腰をおろした。
 上空には降るような星が天一面に瞬いていて、その銀の光輝はあたかもこの地上全てを覆いつくし、静かな平和の中に封じ込めているかのようであった。
 少しの沈黙があった後、ジューダスが口を開いた。
「僕に話があったんじゃないのか…?。」
 カイルが小さく頷く。
「…うん。あの、さ。…ジューダスって、いつも。…すごくよく本を読むんだね。 昼間も色々読んでたみたいで、…だからそんなに何でもよく知っているんだ ね。」
「…。」
「ジューダスって、昔、父さんと一緒に旅、してたんだよね。…父さんも、本、よく読んでた?。」
 無邪気の中に真剣さを湛えて青い目が覗き込んでくる。
「…いや、スタンは、時間さえあったら、居眠りしていたな。」
「はは、…俺と一緒だな。やっぱ父さんも、ジューダスに助けられてばっかだったんだろうな。」
「…。」
 ジューダスは口元にどこか曖昧な笑みを浮かべた。
「俺も、本読んだりして、本当は、もっともっと勉強しなきゃいけないんだろうな。この旅でも、結局ジューダスに助けられてばっかりだったし。…きっと、そ んなの本当の英雄じゃないよね…。」
 そう言って、カイルは少し笑う。
「カイル。確かに知識は必要だし、役にたつ。だがな、今のお前に必要なのは、そんなものじゃない。お前は最後まで自分を信じて、選んだ道を突き進めばいい んだ。…スタンがそうだったようにな。」
 うん、と頷いたカイルの前で、ジューダスは、ふっと、カイルから目を逸らした。
 そしてその目が、まるで遠いものを見るようなものに変わった。
「何を、…見てるの。」
 その視線の先にあるもの、それはカイルには到底分かり得ないもの。
 ジューダスは今、カイルを見ない。
 けれどその横顔はあまりにも穏やかで優しい。思えば旅の間中、ジューダスはずっとこうだったのだと思い至る。
 優しいくせに、やけに遠い。
 じっと見つめていた横顔の、穏やかな唇がふいに言葉を紡いだ。
「…カイル、強くなったな。…もうお前は、スタンにも負けない。」
 その言葉に、カイルは突如、心臓の横をやさしい指でそっと抉られたような気分になる。
「ジューダス。」
 ずっと、思い秘めていたこと。それを今なら、今でこそ言ってしまいたい。
「…英雄スタン、スタンの息子…、結局俺はずっとそうだった。…ううん、この旅が誰に知られることもない、そんなことを言っているんじゃないんだ。けど さ、…ジューダスだって、俺が父さんの子だったから一緒に居てくれたんだろ?。」 
「カイル…。」
 声に窘めるような色が混ざり込んだ。
「俺ね、本当のことを言うとね、父さんが許せないんだ。ジューダスを、…仲間だったリオンを守ることもできず、英雄って呼ばれていることに…、納得してな い。」
「…。」
 ジューダスが少し驚いたように見つめてくる。
 カイルはどこか居たたまれない気分になって、さらに言い募った。
「そして、18年もたっても、こうしてジューダスの心を独占したままの父さんが、…妬ましいんだ。」
「…。」
 ジューダスの瞳に複雑な色が混ざり込み、すっと睫が伏せられるのをカイルは見た。
 そしてそれは、『スタン・エルロン』が依然としてジューダスの中で生きていて、『カイル・デュナミス』はスタン・エルロンの影として見られていることを 証明しているかのように感じた。
 カイルは、少しだけ唇を噛んだ。そしてさらに言い募る。
「仲間だった父さんたちに斃されたのに、…ジューダスがちっとも父さんたちを悪く言わないから、俺が代わりに、…憎むんだ。」
「……。」
「だけどね、…だけどさ。今、俺がしていることも同じだとも思う。ジューダスのことを知っているくせに、自分が英雄になるために、このまま突き進んでいけ ばどうなるかも分っているくせに、やめようとも他の手を考えようともしない。俺も結局、父さんと同じなんだ。」
 ジューダスはかすかに苦い顔をして、わずかな間を置いてカイルの方を向き直った。
「カイル…、ダイクロフトを見ただろう…。エルレインの創った改変世界と、天地戦争の世界で。」
「…うん。」
「僕がもしも、リオンとして生き残っていたならば、僕は、ダイクロフトに居て、…あのベルクラント砲を操って…。」
 ジューダスは一度そこで言葉を切った。
「…お前の故郷や、この世界全てを、…あとかたもなく滅ぼしていたかもしれないんだ。」
 ジューダスの頬から、すっと表情が消えて、カイルをまるで諭すかのようにカイルを見つめた。
「今は、天空にダイクロフトは無い。お前の父や母が、ダイクロフトを復活させた『リオン』と、『ヒューゴ』を斃し、…この地上を守ったんだ。それがまぎれ もない歴史の事実なんだ。けれど今は、空にはあの彗星があって、この地上には僕がいる。どち らも正しい歴史の中で存在してはいけないものだ。」
 声は低くなったが、穏やかさは揺るがなかった。
「だから、僕は、あの彗星に向かうんだ。正しい歴史を取り戻すために。…それが、今の僕にとっての全てなんだ。」
 そう言って、ジューダスはカイルから視線を外し、横を向いた。
 沈黙が二人を隔てた。
 ふいに風が吹きつけ、二人の頬を打った。
 そしてその風の冷たさは、カイルの肌をあわ立たせた。
 けれどその瞬間、肌に感じた、覚えのないような感覚は、決して風に冷たさのせいでなく、何かとてつもなく強烈な衝動が急な勢いで水位を上げてくるのをカ イルは感じた。
 そして、自分がジューダスを見る視線が、ひどく鋭いものであることを自覚した。
 ジューダスの穏やかな横顔を、何か獲物でも見るかのようにぎらついた視線で見ていたのだ。
 カイルは、ジューダスから視線を外さず、大きく、音をたてないようにして息を吸い込んだ。 まるでこの一時に水位を上げてしまった尋常ではない衝動、そ の恐慌状態にも似たものをごまかし、否定するかのように、もう一度、息を吸い込んで、吐いた。
 そうでもしないと、ここにいるのが、あのジューダスであるということを忘れそうだった。
「ジューダス。」
 その名を呼び、自分のこの今の衝動、それが何か、ただの冗談であることを確かめようとして失敗した。
 声は不自然に上ずり、それに呼応するようにして、カイルの腕は、感情とは全く別の行動をとった。
 カイルは、いぶかしげにこちらを振り向いたジューダスから、乱暴にその仮面を引き剥がした。
 それは硬質の音を立てて、岩場に転がった。
 ジューダスの、驚愕に見開かれた目をした顔に手を伸ばし、強引に髪を掴もうとする。
 ジューダスは反射的にカイルの腕を振り払い、立ち上がろうとしたが、その瞬間、カイルの頭の奥の方で、駄目だ、そう何かが命令した。
 そして、咄嗟のことのためにろくに対処もできないジューダスの肩に両腕を乗せ、そこに全体重をかけて圧し掛かった。
「…ッ!。」
 倒れ込み、ジューダスは受身も取れず背を固い岩場に打ち付けて、痛みに呻いた。
 乱暴に押さえ込んだジューダスの身体から、拒否と震え、そしてどこかこちらの衝動を突き上げるような人肌の体温と乱れた吐息が伝わってきた。
 いまやジューダスは、肩を押さえつけられるようにして組み伏せられ、岩場に仰向けに倒れている。
 カイルは、駄目押しのように喉元を押さえつけ、続いて顔を近づけた。
 目の前には、苦しげに喉元に食い入れられた手をはずそうと喘ぐ、ジューダスの顔があった。
 その苦痛に歪んだ表情に、カイルは総毛だつような昏い興奮を覚えた。
 叫ぶ余裕も与えない。
 カイルは、その、苦しげに喘ぐ唇を強引に覆った。
 喰らいつくようにして唇を重ねたので、歯がぶつかり、まるでジューダスの顔全体を押しつぶすような格好になった。
 ジューダスは呼吸を封じられ、激しく首を振ってもがき、上から圧し掛かった身体をのけようと、膝を跳ね上げるようにしてきた。
 駄目だ。
 そう思ったときには、カイルの手はすでにジューダスの黒衣の中にあった。
 自分でも恐ろしくなるくらいの暴力で、ジューダスを押さえつけていることがジューダスの苦しげに寄せられた眉から分かった。
 自分に対する嫌悪に、カイルは一瞬たじろいだ。
 あのジューダスに対して何をしようとしているのか考えると自己嫌悪でおかしくなりそうだった。
 酷い行為だと思った。いたわりも優しさの欠片もない、只の暴力だった。
 ろくに相手が抵抗しないのをいいことに、上から圧し掛かって押さえつけている。
 信頼を踏みにじった卑劣さだけがそこにあった。
 黒衣の中で、ジューダスの肌を乱暴にまさぐっていた手を、今度は下の方にもっていき、ジューダスの下肢の服に手をかけた。
 ベルトを引き抜いて、続いてまるで引き裂くような強さで服を引き摺り下ろす。
「…カイルッ。」
 ジューダスが喘ぐように怒鳴った。叫びに近かった。
 自分が恐ろしく荒い息を繰り返し吐いているのが分かった。
 ほんの一瞬、ジューダスのいつもの冷静で穏やかな顔が頭の片隅をよぎった。
 けれどそれはほんの一瞬だけで、すぐにどこかどす黒く塗り重ねられた興奮の渦の中に消え去った。
 カイルはジューダスの喉元をまるで絞め殺すような力で押さえつけながら、片手で自分の履いているものをずり下げた。
 荒い息を繰り返し吐きながら、ジューダスに覆い被さった状態で自分の下肢を露にした。
 極度の興奮のため、目じりに涙が滲んできた。そして、涙なのか汗なのか分からないものが、激しく呼吸を乱した自分の顎のあたりから、苦しげに顔を歪めた ジューダスに、ポタリと滴り落ちるのを見た。
 カイルはこれまで性的な経験というものをもたなかった。カイルにとって、暴力をもって犯すという行為は、近所の少年たちがふざけて回し読みしていた雑誌 の中での出来事だった。
 それは稚拙な知識をいたずらに煽るような、まるで架空の世界のものであり、完全に自分と無関係のことのように感じていた。
 けれど今、自分は相手を犯すのだ、ということが強烈に認識できた。
 信じられなかった。悪い夢を見ているかのようだった。
 自分が、これまで信頼と尊敬を寄せて止まなかったジューダスを、犯そうとしているのだということが。けれどこれがまぎれもない現実であるということを、 その煮えるように熱くなった自分の身体が証明していた。
 カイルはジューダスの内腿を大きく開かせ、続いて片脚を膝裏から抱え上げ、自分が肩からジューダスの身体の間に入る格好を取った。
「…ジューダスッ。」
 そのひどく上ずった声が、自分の声であるということが信じられなかった。
 普段、黒衣に包まれ日に晒されないジューダスの肌は真っ白だと思った。
 そしてその肌の滑らかさにひどく興奮し、息が上がった。
 緊張して強張った指を、食い込ませるようにして押し開いた。するとジューダスの身体が、ずり上がるようにしてその指から逃れようとしていた。
 カイルはそれを許さず、強引に腰を抱きこむようにして、そしてその奥に、自身を押し付けた。
 けれど無理に身を進めようとしても、上手くいかなかった。ひどい焦りのため、何度もその場所を滑った。
「ッ…く。」
 必死になってジューダスの身体を酷く折り曲げ、前のめりになって、幾度目かにようやっと入ることができた。そのときにはもう全身が冷たい汗にまみれてい た。
 そのまま、ぐ、と腰を進めると、そのきつ過ぎる締め付けにカイルは低く唸った。
 荒く息をついて、もう一度ジューダスの片足を抱え上げ直した。動こうとしたが肉が軋んですぐには動けなかった。もう一度荒く息を吐き出し、汗まみれの顔 を肩でぬぐい、それから喘ぐように腰をゆり動かした。
「……ッ!。」
 ジューダスの唇が、叫びのような形を作った。声は出さなかった。
 声も出さないまま、苦痛の悲鳴を上げていた。
 そのあまりにも鋭敏な感覚に、ほどなくカイルはジューダスの中で果てた。
 けれどジューダスの身体の中に自身を埋め込んだまま、腰をゆすり動かすと、熱した針で突かれたようなうずきが走り、またすぐに身体の中心に先程知った熱 が戻ってきた。
 ジューダスの腿の裏側に当てた掌が汗でぬめった。何度も何度も、果てては腰を動かした。
 カイルは目を閉じた。 
 瞼の裏側でこれまで夢想した英雄としての自分、父親の顔、そしてずっと思いを寄せていたジューダスの顔が入れ替わるようにして浮かんでは消えた。
 カイルはきつく目を閉じたまま、ジューダスに酷く腰を押し付けた。
 ジューダスの唇から引き攣れたような悲鳴が聞こえ、その身体が小さく痙攣し、続いてがくりと力が抜けたのが分った。
 カイルは荒く息をついて、陵辱したままの格好で、ジューダスを見下ろした。
 気を失っているその顔は血の気を失ったように蒼白だった。
 組み敷き貪り尽くすように犯した卑怯な浅ましさを、頭で意識できるようになって、やっと、カイルはその身体をジューダスから離した。




 カイルは岩場に寝そべり、四肢を投げ出してしばらく夜空を見上げていた。
 墨色に冴え渡った夜空は、相変わらず降るような星が埋め尽くしていた。
 潮騒が聞こえてくる。
 穏やかに吹き過ぎる風には、潮の香りが感じられた。
 ふいに傍らでジューダスが身じろいだ。
 カイルはギクリとし、息を詰めるようにして傍らのジューダスの様子を窺った。
 ジューダスは岩場に手をついて、軋んだような緩慢な動きで身を起こしたが、ひどく痛めつけられた身体をかばうように身を竦ませていた。
 カイルは唾を飲み込んだ。喉が鳴る音がはっきりと聞こえた。何か言わなければ、そう思った。
 けれど何を言っていいのか分からなかった。
 なおもカイルが黙っていると、ジューダスがゆっくりとこちらに身体を向け、そっと顔を上げた。
「…大丈夫、か…?。」
 ジューダスがそう言った。声がひどく掠れていた。
 何を言われたのか、理解できなかった。問い返そうと思っても声が出なかった。
 涙が滲んだ。視界がくもり、何もかもが揺らいで見えた。
「…ジュー、ダス。」
 やっとのことで、そう言ったが、後には言葉が続かなかった。

 眩暈がするほどの光輝を放つ銀の星々が視界を被った。
 上空を吹き過ぎる風に雲の切れ端が流れた。
 潮の香りにまざって、移りゆく季節の香りすらも嗅ぎ取れた。
 カイルは、自分が鼻をすすり上げる音を聞いた。そして顔を歪ませてぐしゃぐしゃに泣いた。汗と涙がこびりついた頬をこすり上げ、しゃくりを上げながら泣 いた。

 ジューダスは無残に散らばった服を拾い、身に付けていた。
 最後に、岩場に落ちている仮面を拾ってそれを被る。もう、その表情を窺うこともできなくなる。
「…戻るぞ。」
 低くそう言って、ジューダスは歩き出した。
「ジューダス!。」
 追いすがるようにして呼んだ。
 カイルをジューダスは振り返る。静かな顔がそこにあった。
「…そんなに、俺に、優しくしないでッ。」
 ジューダスはそれには答えない。
 けれどわずかに唇の端に微笑みが浮かんだように見えた。
 その微笑は、あまりにも穏やかで、そしてあまりにも遠いものだった。

 
  









2004 0316  RUI TSUKADA


 初体験おめでとう(違)。
 いや、それはさておき、カイル×ジューダスでやおいにもっていくのは結構難しいね。
 今回、チャレンジャーだ。
 スタンとの関係、一人前の男として扱って欲しい少年の焦り、決して手に入らないもの。
 そんなものを交えたんだが、ヤオイに説得力を持たせるのがむずいな。
 何よりカイルのキャラクターベースが固まってないからだ。
 こいつの場合、スタンとの比較による劣等感がおいしいところなんだけど、うちのサイト、スタリオがあまいからなぁ。ネックはここだよね。
 怪獣は樹海すれすれなとこがイイと思います。
 リバってわけじゃないんだけどね(笑)。
 今回攻視点。しかもカイルだからジューダスのお色気描写もなし。
 受視点だと書き方がどうしても生々しくなりすぎるのよな。
 ところで、…いれたまんま何度も復活するワザは相当若くないとできないぞ(下品)。