『最期のときまで』




 ハロルドの探知機がこの世界を覆う空間の歪みをキャッチし、その分析結果からエルレインが今度は完全にこの世界自体を滅ぼそうとしていることがかなりの 高い確率で推測された。
 そして、それを阻止するべく、聖地カルビオラに行ってエルレインを倒さなければ、そうメンバーたちは結論づけた。
 今度こそ本当に終わりにできるのだと、決戦前の雰囲気にメンバーは揃って沸き立っていたが、ふいにその雰囲気に馴染めず、ジューダスはそっと部屋から出 た。

 ハイデルベルグ城を出て、小雪のちらつく城下町をジューダスは一人歩いていた。
 街はそろそろ夕闇に包まれつつあり、空気は凍るように冷たく吐息は白い。
 今少しの憂鬱をどうにかしようとしても、背中にはもう、シャルティエはいない。
 無理に冷気を吸い込み、それを吐き出して、不本意に沈み込んだ気分をごまかそうとした。

  雪国の夜は早い。衣料品や食料が売っている店は、そろそろ店頭から商品や看板の取り込み作業を始めている。
 民家にもぽつぽつと夕餉の明かりが灯り始めていた。
 すれ違う人々の誰もが家路へと急ぐ雑踏の中、ジューダスは、一人城門の方向に向かって歩いていた。
 城下町を過ぎてしまえば、途端に人通りが途絶えてあたりは急に静かになる。
 路面にわずかに積もった雪を踏みしめながら、石段を降りていくと、英雄門と、18年前の騒乱を記録した各種書物や資料が収められている博物館が見えてき た。
 「ジューダス!。」
 背後から自分を呼ぶ声を聞いた。ロニだった。
 黙って出てきてしまったから、やはりヘンに思ったのであろう。失敗したな、と思ったが、あまり遅くならないうちに戻るつもりであるし、一言適当に言い訳 しておけばいいだろうと思い直した。
 駆け寄る足音がすぐ側まで聞こえたときである。突然、空間の歪みを感じた。
 しかしそれは先ほどのような街全体を覆い尽くすものではなく、まるでここだけを狙ったかのようにして落ちてきた。
 「――――っ!。」
 一瞬の、まるで雷に打たれたような衝撃にジューダスは声も上げられず、そのまま雪の石畳に倒れこんだ。
 凍った路面に受身も取れないまま肩から打ちつけた痛みに呻いたそのときである。急に視界が眩しく開け、光の洪水が流れ込んできた。
 そしてその中に、自分がこれまで歩んできた過去、忌まわしい記憶、犯してきた罪。そんなものがどぎつい色とともに展開した。
 そしてこれからやってくる、自分の消滅の姿がはっきりと見えた。
 そこには、無残な姿で横たわる自分の屍があって、傍に白い服の女が立っていた。
 『…リオン・マグナス、お前はかつて世界の破滅に加担し、仲間を裏切り、その仲間の手によって滅ぼされた…惨めな負け犬。せっかく生を与えてやったの に、お前は結局裏切り者にしかなれない。お前がどうあっても私を滅ぼすと言うのならば、お前にはもう死の安息すら与えられない。永遠の悪夢を繰り返せ…。 未来永劫、ずっと。』

 「…エルレイン…。」
 裏切り者にしかなれない自分。たしかにエルレインによって新たな生を与えられたとき、過去に飛び、『ヒューゴ』や『リオン』の行いを食い止めることも考 えなくはなかった。
 そうすれば、ダイクロフトの復活そのものを阻止できて、多くの人命が失われることも、なかったのだと。
 だが、一方において、それは自分が後世において裏切り者と呼ばれたくないだけの偽善なのではないかとも思う。
 人の営みが、それがどんなに愚かに見えようとも、それそのものに意味があるのだと、そう自分は結論づけたからこそここに居る。
 「…お前に詫びる気はない。…だが、自分がこの先、どうなるのかも分かっているさ。」
 頭の中で自嘲にも似た自分の声が聞こえたような気がした。

 「おいっ!ジューダス!、しっかりしろ!!。」
 遠くでロニの声が聞こえた。
 何度も呼ばれ、頬を軽く叩かれ、次第に身体の感覚が戻ってきた。
 大丈夫だと言おうとして、身を起こしたその瞬間、ロニは息を呑んだ。
 「お前、仮面…。」
 先ほどの空間の歪みの衝撃は、ジューダスの仮面を粉々に打ち砕いていたのだ。
 いつも素顔を隠していたあの仮面は欠片となってジューダスの周囲に砕け散っていた。
「…っ!。」
 ジューダスは突然現実に引き戻され、あわてて右の掌で顔を隠し、すぐさまロニに背を向けた。
「…すまない、ロニ。今日は一人で休む。明日には必ず戻る。そう、カイルには伝えておいてくれないか。…それから今ここでお前が見たこと、皆には伏せてお いてくれ。」
 内面の動揺を押し隠し、できるだけ冷静な声で短く言った。
 頼んだぞ、と言い捨て、ジューダスは逃げるようにして走り出した。
「あっ!おい!!。」
 走り出したジューダスを追いかけてロニも走り出す。
 こんな状況で全力で走って追ってくるロニを振り切るわけにもいかないので、仕方なくスピードを緩めたとき、追いついたロニがジューダスの腕を捕らえた。
「どうしたんだよ。ジューダスらしくねえぞ。」
 腕を掴んで、そのまま自分の方にやや強引に振り向かせる。
 あくまでも顔を逸らすジューダスに業をにやしてロニはジューダスの肩を掴み、強引に目を合わせようとした。
 「離せっ。この顔は…。…この顔でここにいられる訳がないだろう!。」
 身を捩じらせるジューダスの声はいつもの冷静な彼ではなく、その素顔は、内面の動揺を隠すこともできないようだった。
「…離せ。」
 そのどこか搾り出すような声にロニは掴んだ肩を離してやった。
「…城がやばいなら、宿に行こうぜ。…そうだ、俺も一緒に行ってやるよ。」
 不似合なほど明るく取り繕うロニの声にジューダスは俯いたまま首を振った。
「ダメだ。あそこには、昔の知り合いがいる。」
「…。マリーさんか。」
「そうだ。この街は、どこもかしこも僕がかつてリオン・マグナスと呼ばれていた時の匂いが残っている。…ここに居ることはできない。」
 博物館には18年前の騒乱の記録がかなりの量で残されていた。
 その中にヒューゴや自分の写真くらい、残っていないとは言えない。
 18年たって、なおも大きな爪痕を残すあの『神の眼の騒乱』は、何もこの街の人々の心を善い方に強くしたばかりではなかった。
 家族を無くしたものも、財産を失ったものも、他所から難民として逃れてきたものもいるだろう。そしてそうした恨みの矛先が全て『ヒューゴ』と『リオン』 に向けられていることも知っている。
 ジューダスはふらりとロニに背を向けると、そのまま街とは反対側の方に向かって歩き出した。
「ジューダス、どこに行くんだよ。」
「街から出て、今夜はイクシフォスラーに泊まる。心配するな。」
 背を向けたまま、そう告げた。声だけは抑揚のないいつもの彼に戻っていたが、今度は強引に肩を掴んで振り向かせるような気にはなれなかった。
「分かった。…城門のとこまで送ってやるよ。」
「……。」
 そんなロニの言葉に、ジューダスは無言でいることしかできなかった。

 二人は無言のまま城下を抜け、城門のところまで来た。
 途中、掌で極力顔を隠しながら歩こうとするジューダスに、何人かが怪訝な顔をして振り返ったが、幸い、城門ではノーチェックだった。
 城門を出ても、しばらくは舗装された道が続く。
 城下への交易品などの搬送に使われている道なので、かなりの幅があって、雪も比較的きれいに除けられていた。
 ロニが先に立って歩いていたが、後ろから俯いてのろのろと付いてくるジューダスの足取りが重いため、ロニは無言でジューダスの方に戻ってくると、その腕 を掴んで引っ張るようにして歩いた。

 送るのは城門まで、ということだったのに、街の外に出てしまっても、依然、ロニはジューダスの腕を離そうとしなかった。
「…ロニ、このへんでいい。」
 無言のままジューダスの腕を引っ張るようにして早足で歩くロニに、さすがに違和感を覚えてジューダスは言った。
「おい、腕。」
 ジューダスを無視して依然として腕を離そうとしないロニを奇妙に思って、斜め上のロニの顔を見ると、何故かひどく怒っているようで、仕方なくジューダス は黙り込んだ。

 城下街の裏手にある城門から外に出た北側の開けた荒地にイクシフォスラーは停めてある。
 その影が眼前に見えてきたあたりで、さすがに気まずくなってジューダスは歩を止めた。
 自然掴まれていた腕がやっと外され、ロニは数歩先にいったあたりで足を止めた。
「ロニ、イクシフォスラーはもうすぐそこだ。送ってくれて、…礼を言う。明日のことだが、そっちからこちらに来てくれないか。カルビオラに向かうなら、イ クシフォスラーに積まれているレンズの力が必要になるだろう。…すまないが、そうカイルに伝えておいてくれ。」
 ハイデルベルグの街からここまで、距離にして結構歩いてきたので、それなりに頭も冷めていた。
 まともに冷静な判断ができ、それを言葉にできたことに取りあえずジューダスは安堵した。
 しかしロニはジューダスに返事をしようとせず、無言のまま、イクシフォスラーの方を見ていた。
「…ロニ?。」
「なあ、ジューダス。もう、随分街から歩いて来ちまったし、俺も一緒に乗っていいだろ?。」
「…。」
 冗談ではないと思った。
 いくら今、冷静な顔を取り繕っているとは言え、おそらく今夜は眠れもしないだろう。そんな自分の醜態をロニに晒すわけにはいかなかった。
 それにそう言ったロニの真意が分からない。同情ならばまっぴらごめんであるし、それによりにもよってロニである。
「ここら一帯もう真っ暗だし、俺一人で街に戻るのも危険だし、これから夜がふければ冷え込むし、俺、帰る途中で凍死するかもな。」
 ジューダスの内心を読んだかのように、ロニはわざと外したことを言った。
「……。」
 それきり二人は互いに黙り込んでしまった。
 しばらく雪原の中に二人は立ち竦んで、時折の雪原の上を撫でるような横風に、ロニはぶるりと身を震わせた。
 しばらくして、ジューダスはわずかに顔を上げてロニを見た。
 黙り込んだロニの気配に、ふと、妙なものを感じ取ったのだ。
 しかしほの暗い雪明りの中にあって、ロニの表情からその細かい心理状態まで読み取ることはできなかった。
「…寒いよな。」
 ロニは、やっと顔を上げてくれたジューダスに、ひどく穏やかな声音でそう言い、それからジューダスの肩に触れた。
 ジューダスの肩がわずかに震え、少し怯えているのが掌を通して伝わってきた。
 なぜ、怯えているのかも知っていた。
 そう自覚しながらも、ロニは肩に置いた掌を、そっと撫でるように動かし、そのまま包み込むようにしてその小柄な身体を抱きしめた。
 突き飛ばされるかと思ったが、意外にもジューダスは腕の中で大人しくしていた。
 しかしそれも今は無理からぬことかもしれなかった。
 素顔を晒し、過去に打ちのめされているであろう今のジューダスに、こんなことを仕掛けるのはひどく卑怯かとも思われたが、ロニは可能な限りの丁寧さを もってジューダスを抱きしめる腕の力を強くした。
「今晩、一緒に居てもいいだろ…。」
 囁くように、精一杯の穏やかさでそう言った。
 熱く息を吹き込まれるようなそれに、ジューダスの身体が小さく竦んだ。
 ロニは、包み込むような仕草で、グローブのはめられた両手でジューダスの頬に触れ、そのまま、そっと上を向けさせた。
 顔を近づけるとジューダスが息を呑んだのが分かった。
 身を強張らせたジューダスに、ロニは安心させるようにして微笑み、そのまま唇を重ねた。
 触れたときの一瞬だけで後の抵抗はなく、ジューダスはロニを受け入れた。
 ジューダスが拒まないことを確かめると、ロニはできるだけゆっくりと、歯列を割って舌を差し入れてみた。
 ジューダスの唇は信じがたいほどに柔らかくて、それはまるで鎧で覆ったような彼の精神の内面を映し出しているようだった。
 親しみを込めたキスと言うにはあまりにも長くて生々しい。
 ジューダスはわずかに身をよじらせたが、逃げる舌を絡め取られて次いで軽く吸い上げられた。少し首を振るようにすればまた、角度を変えて深く深く唇は重 なった。
 それは長くて、どれほどの時間唇を合わせていたのかも分からない。
 だがロニが真剣であることは、身体を包み込む腕の温かさから分かった。
 そしてジューダスは、その真剣さが今はつらくてこれ以上こうしていたら、膝から崩れるのは自分の方だと思った。
 ようやっと唇が解放されて、ロニは返事を促すように、優しくジューダスの髪を撫でた。
 ジューダスはゆっくりとロニを見た。
 長い睫がすっと持ち上げられ、深い紫の瞳がロニを見つめていた。
 青ざめたように白い肌と雪原の上を撫でる風にゆらめく素直な黒髪とがロニの視線を絡め取った。
 泣きそうな顔だと思った。
 別に瞳が潤んでいるわけでもなく、唇が噛み締められているわけでもない。
 だが、その瞳の奥に見え隠れする、何かとてつもない哀しみのようなものに、ジューダスが今、ひどく打ちのめされているように感じたのだ。
 こんな顔をするのか、と思う。その初めて見たような印象は、おそらく彼がいつも仮面で素顔を覆っていたからばかりでなく、その奥にある瞳の色を自分がま ともに見たこともなかったからかもしれないと思った。
「…分かった。…勝手にしろ。」
 囁くように言った声は掠れていた。
 それきり俯いたジューダスに、ロニは「…よし、決まりだな。」と言って、ジューダスの手首をとってイクシフォスラーに向かって歩き出した。




 タラップを落としてコックピットに乗り込むまでの間、ロニはジューダスの手首を掴んだきり離さなかった。
 靴底についた雪を丁寧に落とそうとするジューダスをやや無理やりにコックピットに引き入れると、ロニはようやっと解放した。
 ロニは無言でコックピットの装置をあれこれいじくり、手際よく電源を入れ、明かりをつけて、エアコンで空調を整えた。
 カチカチというボタンを押す乾いた音が鳴るのをジューダスは、何か現実的でないもののように眺めていたが、その音が途絶えてしまうと、肩をわずかに緊張 させた。
 ロニがずっと、かなり乱暴な力でジューダスの手首を掴んでいたため、ジューダスの手首が赤くなっていた。
 ロニがそれに気付いて手を取ろうとすると、ジューダスは、それを避けるようにして、袖に手首を隠してしまった。
「悪い、痛かったか?。」
「……いや。」
 さっきからロニは自分を気遣ってばかりだと思う。こんなのは、普段、自分に決して向けられるような類のものではない。ジューダスにとって、それがひどく 居心地悪かった。
 外は真っ暗だったが、コックピットは明るい白熱灯の光で充たされていた。
 イクシフォスラーのフロントガラスから見えるファンダリアの平原は、雪が止み、蒼い静寂が広がるばかりで、何も無く、殺風景だった。
 小さく見える城下の明かりはまばらになり、雪国の早い夜は、まるで争いごとや災厄から人々を守る殻のように思えた。
 ロニは、操縦席側に乗り込んだ。いつもはジューダスの指定席である。
「来いよ。」と、所在なさげに入り口付近でずっと突っ立っているジューダスにロニは命令した。
「狭いし、シートは硬いけど、無いよりゃましだろ。それに外にいたらそれこそ凍死するし。」
 ジューダスの表情が相変わらず硬いのに、さすがに気まずさを覚えたのか、ロニはやや投げやりにこう言った。
「……。」
 無言の相手に対し、今度はロニは少し困ったような顔をして再び顎で促した。
 この期に及んでジューダスは逃げるつもりはなかった。
 なぜかこんな所に、皆に黙って二人で来てしまったことに対しては、いくら素顔のままハイデルベルグにいることが禁忌であるにしても、短絡的で自分らしく もなかったと感じてはいた。
「僕は、別に、こんなつもりで、ここに来たわけでは…。」
 今更ずるいとも思われたが、あくまでも本音として言っておきたかった。
 怒り出すかと思ったが、予想外にもロニは虚を突かれたような顔をして、ついでにらしくもなく、顔を赤くした。
「俺だって、女の子の方がいいに決まってる。」
「……。」
「だけどこれは、お前が女みたいに綺麗だからってのとも違うぜ。」
 その言葉になぜか背中を押されるようにして、ジューダスはロニの隣のシートに収まった。

 二人はしばらく無言で並んでシートに座っていた。ジューダスはふと、ロニのいつもの顔を想像した。
 この、自分が18年前に加担した騒乱のために家族を亡くし、孤児として生きていかねばならなかった男。
 おそらく他人が思うよりずっと己を殺すことを強いられてきたことだろう。必要以上にカイルを甘やかしていたことも、今となっては納得できる。
 先ほど、ハイデルベルグで自分の素顔を見たときのロニの顔は、かつて両親を失うきっかけともなった『リオン・マグナス』を見る目ではなかった。
 だが、はっと見開かれた目は、『ジューダス』を見る目でもなかった。
 今、冷静になってみれば、もはや現世の人間ですらないジューダスは、ロニにとってどう見えているのか、分からなかった。
 恨んでいない。大切な仲間。そう言っても、その立場を己に置き換えてみても、簡単に割り切れるものではないことは容易に想像がつく。
 『異なる者への興味』。そんな言葉がふと浮かんだ。
 ロニは同情や優しさからでなく、何か、異なるものへの奇妙な好奇心に駆られて、それを自分の身体でためそうとしているのかもしれないと、ジューダスは 思った。
 男に抱かれることなど、もう数え切れないほど繰り返していて、とうに諦めて、それ自体、どうでもいいと思う。
 しかし、ロニにとっての興味が斯き立てられる対象に自分がなりうるのかと思うと、何か奇妙な気分だった。
 けれど隣に居るロニの腕を見て、そして、その熱に捲かれるように抱かれることを想像すると、何かまた罪を犯すような気にさせられた。

 沈黙をやぶったのはロニの方だった。
 ロニは、ジューダスをやや乱暴な力をもって操縦席の方に引っ張り、すぐさまシートを倒すと自分の下に組み敷いた。
 突然のロニの態度にさすがにジューダスは驚き、異を唱えた。
「…!、灯り。」
 のしかかるようにしてきたロニの体重を受けとめて、さすがに狼狽を隠せない。
 右の掌がジューダスの服の前を乱暴にはだけた。それはすぐさまに肌に直に触れてきた。
「……ッ、ちょっと待ってくれ!。ロニ。」
 腕で払いのけようとするジューダスをロニは煩そうに遮った。
「…ここまで来ておいて、今更それは無いだろ。あんなお前のこと放っとけないけど、…だけどやっぱこっちの問題は、それとは別みてえだ。今、分かった。な るべく、…うまくやるように努力はしてみるけどな。」
 早口にそう言って、ロニはジューダスを乱暴にあしらった。
 両腕を拘束するようにして、強暴な力を二の腕にかけられて、ジューダスの身体が一瞬、
ひるむように緊張すると、ロニはすぐさまその両の脚を内腿から押し開いて自分の身体を割り込ませてしまった。
 こうなると、完全に身体の自由は奪われた格好になる。ジューダスはもう、身体の力をぬくより仕方なかった。
 ジューダスは、コックピット内の明るさに戸惑った。誰かが城門を出て、外に出てくれば、もしかしたら自分たち二人が、今こうしていることがばれてしま う、とそんなことを考えた。
 しかし、どうやら明かりを消す気の無いらしいロニにあきらめて、ロニの上半身が荒い息づかいとともに吐き出してくる力に身を委ねた。もう、ジューダスに 抵抗する意思などなかった。
 ロニの息が荒々しくジューダスの耳を刺激した。
「……っ。」
 脊髄の中心に走った寒気に似た感覚に、ジューダスは内心少しだけ自分に毒づいた。
 表情を殺すようにして顔を逸らしたジューダスに、ロニはまた強引に口付け、目を合わせた。
「…俺もヤキが回ったな。何しろ、最近となっちゃ、ああ、特にお前のこと知ったあたりから、…って、ヘンに気ぃ回すなよ。…寝ても醒めてもお前の顔がちら つきやがる。俺は、思ってた以上にお前のこと…。ハタチ前のガキみてえに、…あれのことばっ かだ。俺はお前みたいに頭良くないし、うまく言えないけど、…お前も、あれこれ考えないで、今はそのことだけを考えていればいい。」
 そう言ったきりロニは黙り込んだ。
 しかしその身体の重みに自分の身体ごとたわめるような動きを感じ、ジューダスはそれだけで泣きそうになった。
 肌にロニの唇が寄せられ、時折吸われるようにされれば、皮膚の下に熱が灯され、そこからじわじわと融かされるようだった。
 他人の体温を直に感じることそれ自体が、これほどに感傷を呼び覚ますのだということを、痺れを伴うような身体の芯に認識させられた。
 熱に浮かされたように薄く目を開いてみれば、自分を抱きしめる眼前の男の顔の輪郭、眉の形までも、今まで思っていた以上に神経質そうだと思った。
 当初互いにウマが合わず何度も衝突した。
 しかし、今、普通の仲間と言うにはあまりに異質な存在となったことを自覚した。
 距離をちぢめることになった、この行為には自嘲にも似た気分が沸き起こってくるが、成り行きにまかせていても、遅かれ早かれこうなることはまぬがれられ なかったかもしれない。
 ロニの右手が思ったよりもずっと器用な仕種で下肢から衣服を剥ぎ取っていくのがわかった。続いて、やや荒々しく手がそこに触れ、その掌を通して伝わる熱 に、ジューダスは条件反射のように唇を噛み締めて息を殺した。

 閉じた瞼の奥に、自分の人としての最期の場所であった海底洞窟と、これから必然のようにしてやって来る消滅の瞬間が重なるようにして去来した。
 かつて自分を仲間だと呼んだ男が守ったこの世界を、ここで生きる人々と関わらないようにしながら守ろうと、そしてそれを成し遂げて消えていくのだと、そ う誓ったのはつい最近のことだった。
 そのことを突然思い出してジューダスは、また苦く唇を噛み締めた。
 自分の偽りの生に意味が与えられるのは、何も自身の悲壮な決意だけでないことが本当であるのなら、その意味において自分は凍りつくような時間の檻から解 放される。

 熱く乱れ切った吐息が狭いコックピットに充満する。
 受け入れたロニの身体は熱く、手を回した背も汗ばんでいて、絡みついた下肢は温かかった。
 おそらく、何か運命のようなものに導かれて出会ったのかもしれない。
 今、こうしていることが本意であるとか、そういう問題でなしに。

 ただ、自分が最終的に行き着く先においても、この気持ちを受け入れてもなお、凛としていられることを祈るだけだった。








                           

2004 0112 RUI TSUKADA
 


うちのロニは書いてるとベースはどうもノーマルくさくなります。男と寝るのもジュー が最初で最後でしょうな。
 ロニジュは限られた時間で魂を限界まで寄せ合って欲しいヨ。
 異質な者との出会いとして互いに強烈な存在感となれば、ロニ×ジュは他のCPの追随を許さないんだがなぁ…。エロの方はどうしてもぬるいね。
 流血はパパさんの専売で、ねちこいのは王様におまかせだあ!。