『王子と剣士』





 ハイデルベルグ城の大広間は、その日招待された各国の王族や貴族、大使や国軍関係者、主要な実業家 たちといった面々で賑わっていた。
 大広間には、祝杯を上げるグラスの触れ合う軽やかな音があちこちで上がり、着飾った女性たちの笑い声、男達の低い話し声が響き、多くの祝辞が華やかな群 れの中で行き交っていた。
 この日、ハイデルベルグ城では、ファンダリア国の第一王子と、アクアヴェイルのティベリウス王の愛娘との婚約が発表されたのだ。
 正式な結婚の日取りはまだ未定であるが、10日後には、アクアヴェイルの姫がファンダリア国に入り、正式な婚姻の調印がなされることとなっていた。
 この婚姻により、ファンダリア王家とアクアヴェイル領主とは縁戚関係となり、同時に両国には同盟が結ばれる。
 すなわちファンダリアはアクアヴェイルの海軍の後ろ盾を得、アクアヴェイルはファンダリアからの高い科学技術や豊富な資源の提供を受けることになる。
 だが、この同盟の締結により、周辺の国家には、にわかに緊張が走っていた。
 特にアクアヴェイルの巨大な軍事力によって、従属を余儀なくされていた周辺の小さな国々や、今まで少数民族として独立していたファンダリア地方の人々の 脅威は並大抵のものではなかった。
 そして、この同盟の締結が目障りなのは、そういった小国や少数民族だけでなく、大国セインガルドであっても、同様のことであった。

 リオンは、この日、ファンダリア国とレンズの商取引のあるオベロン社の総帥ヒューゴ・ジルクリフトの代理として、パーティに出席していた。
 大広間の喧騒の中、一人壁際に立ち、笑いさざめく人々を冷ややかに眺めながらリオンは、ある企みに考えを巡らせていた。
 リオンは、ヒューゴからこの婚約を壊せとの命令を請けていたのだ。

 パーティが佳境に入ると、大広間に行き交う人々の動きも活発になり、やや雰囲気が雑多になってくる。
 主役であるファンダリアの第一王子は、どうやら祝辞の挨拶をしにやってきた人々に囲まれてしまって、その姿を確認することすらできない。
 リオンは、大広間に充満した、香水や酒や煙草、葉巻といったパーティ特有の香りが混ざった、いわゆる権力や富の臭気に少々酔って、それから避難するよう にしてテラスに出た。
 大広間は南側全面がガラス張りとなっており、そこから自由に出入りできるテラスは奥行きがあって、とても広く、手すりの方まで来てしまえば、大広間の喧 騒がぐっと遠ざかる。
 そこから見上げれば、北国特有の日没時の薄紫色に染まった空に、細く銀の月が浮かんでいた。
 西の地平線にはわずかに明るい空が残っていたが、それも次第に色彩を失いつつあり、城全体が急速に滑り降りてくる夜の闇に取り込まれていくようだった。
 リオンは一つため息をつき、手すりを背もたれにして、大広間の方に向き直った。
 タイミングを選んで、今日中にファンダリアの第一王子と接触を図らねばならないが、さてどうしたものかと思案する。
 しばらくそうしていると、大広間の方から、誰かテラスに出てきたのが見えた。
 その人影はリオンの姿を認めると、まっすぐこっちに向かって歩いてきた。
 近づくにつれて、その姿が明らかになる。
 長身の男で、髪は銀色で肩まで届くくらいに長い。
 王家の象徴である白を基調とし、ところどころに金糸の細かい刺繍が施された軍服が褐色の肌によく映えていた。
 その男は、口元に愛想の良い微笑みを浮かべて、リオンの前に立った。
「君は…?。」
 大人数のひしめくパーティの主役である男に、どうやって接触を図ろうかと考え巡らせていたところ、相手の方から近づいてくるとは。
 リオンは内面を押し隠したように、相手からは意図の汲みにくい表情を浮かべて眼前の男と向き合った。
 リオンが黙っていると、男は、はっと何かに気づいたような表情になり、そして意外にも少し恥じるように赤くなって、緊張した面持ちで姿勢を正した。
「人のことを尋ねる前に、自分から名乗るのが礼儀だったね。失礼、…私は、」
 丁寧に礼をしてから名乗り出したが、聞くまでもなかった。
 目の前の男は、ファンダリア国第一王子、ウッドロウ・ケルヴィン、23歳。
 武勇に優れ、主に剣と弓を使用する。諸学に通じ、特に自然学に関しては造詣が深く、性格も至って温厚。
「今日は、わざわざ私の婚約披露パーティに来てもらって、ありがとう。」
 白い軍服を嫌味なく着こなす容姿は端麗。礼儀もよく心得ているようだ。
 そしてこのファンダリア王家の嫡子。
 いかにも女どもに騒がれそうな男だとリオンは値踏みする。
 しかし、そのことさら相手に対して礼を尽くすようなウッドロウのやり方は、ある意味自分の置かれた立場に絶対の自信をもっているからであろうとリオンは 踏んだ。
 すなわちポーズだ。高いプライドや頑固な自我をやわらかい外面でくるみこみ、巧みに相手から内面を押し隠すことができるように、言葉や態度で飾り立てて いるのだ。
「…パーティの主役がこんなところで油を売っていていいのか?。」
 少々の棘を含んだリオンの言葉に、ウッドロウは一瞬返事に窮したように黙り込み、曖昧に微笑んで、かるく首を振った。 
 この種の男は、自分という存在が無視されたり、軽んじられたりした経験がまったくないのであろう。 
 リオンは、王宮の庭を照らす常夜灯の明かりを浴びて立っている長身の男の、浅黒く引き締まった顔に、やや不躾な視線をあててやった。
「ところで君は…?。」
 ウッドロウは、目の前の少年に非常な興味を覚えていた。今まで自分が名乗れば、間違いなく相手は恐縮し、すぐに非礼を詫びて必要以上に丁寧に名乗ってき た。
 にもかかわらず、少年はあいかわらず、涼しい顔をし、その物言いには遠慮というものが全くない。
 二人はたっぷり十数秒、まるで観察し合うように眺めあった。
 するとそのとき、大広間の方から、声がした。
「殿下!、このようなところにおいででしたか。大使御夫妻がお見えです。お早くお戻りになってください。」
 呼び出しの声に、ウッドロウは肩越しに振り返ったが、それに返事をしようとせずに、またリオンの方を向いた。その顔があまりにも露骨に残念そうなので、 リオンは内心苦笑した。
「僕は、セインガルド国、近衛軍客員剣士、リオン・マグナスだ。」 
「…君が。」
 ウッドロウは目を見開いた。
 セインガルド国王の側近には、世に6本しかない伝説のソーディアンのマスターがいると、そう聞いていた。だが、他国にもその名を響かせる天才ソーディア ンマスターがこんな少年だったとは。
 しかもその怜悧な美貌と細身の体躯は未だ幼さすらも残していて、少年というより少女のようだと。ウッドロウはその姿に釘付けになっていた。
「殿下!、どうかされましたか!。」
「……。」
 大広間からの呼び出しの声は、先ほどよりも差し迫った雰囲気が混ざりこみ、さすがにウッドロウもこれ以上それを無視することはできなくなってきた。
「…しばらくここに滞在するのだろう?、君とゆっくり話をしたい。」
 好奇心旺盛。
 温室育ちからくるお人好し気質のため、警戒心が著しく欠落している。
 やや奔放に憧れるところに難あり。
「…いいだろう。」
 リオンの返答を受け、ウッドロウは、少し安心したような、無防備に嬉しそうな笑顔を見せた。
 リオンの言葉の内部に、どれほどの暗黒が潜んでいようとは、まったく気付きもしないような、屈託のない笑みだった。
 ウッドロウは軽く右手を上げてから、小走り気味にテラスをぬけ、大広間の方へと向かっていった。
 リオンはその後ろ姿に、獲物を見るような視線を当て、唇に計算高い笑みを浮かべた。
「…そして、今回のターゲット、か。」




 ##

 夜、賓客用の部屋でリオンは念入りにシャワーを使った。
 広いバスルームに備え付けられたハンド・ドライヤーで髪を乾かし、丁寧に櫛を入れ、服装を整えた。
 仕上げに耳元に少しだけ、香りをつける。
 リオンは数歩下がって鏡の中の自分の姿を点検した。
 そこには、そのしなやかな肢体をことさら美しく際立たせるようなブルーのブラウスに身を包み、夜の微風にやわらかな黒髪をゆらめかせた少年が立っている のだった。
 リオンは、最後に左耳から、いつもつけている金のピアスを外し、代わりにダイヤのついたイヤリングをつけた。
 これが今回の小道具になる。
 王子の寝室に落ちている、この目立つ石のついたイヤリングを明日の朝、事前にハイデルベルグ城に侵入させておいた『メイド』が見つけることになる。
 噂好きのメイドたちのおしゃべりは、すぐに厨房のゴシップくらいにはなるであろう。
 だが、それだけでは、ファンダリア王家の「家老」たちがもみ消してしまい、王宮の外にすらもれない。
 だから、いま、ファンダリア中には、セインガルドの「草」を大量に紛れ込ませてある。
 それらが明日から、一斉にこのゴシップを撒き散らし、国中に結婚を控えた王子の放蕩ぶりを広め、同時にアクアヴェイルにも同様の情報を派手に流す。
 ありふれたシナリオだが、こういう王室スキャンダルには、下らなくも低俗さに満ちた単純な分かりやすさが必要かつ有効だ。
 アクアヴェイルのティベリウス王は、この侮辱に耐え切れず、間違いなく娘の婚約に難色を示してくる。
 そして険悪になった両国の間に、セインガルドが『仲裁』として入り込む。
 それから事態をさらにややこしい方向に仕上げるのは、ヒューゴやその手下達の仕事である。
 上手くいけば、同盟が決裂するのみならず、ファンダリアとアクアヴェイルが一戦交えることになるか、あるいは国交が断絶されるか…。
 念のために、少々「仕込み」をした酒を持っては来たが、先程テラスで会ったときのウッドロウの、自分に向けられた目を見るに、おそらくこれは必要ないだ ろうかとリオンは思う。
 一応、駄目押しに使うか、とリオンは酒の瓶をバスケットに入れた。
 
 ふと、ドアの方にかすかな音がした。
「…?。」
 こんな深夜に誰も来ないであろうに、リオンは何かと思って、『酒』のバスケットをサイドテーブルの上に置いた。
 ドアに近づくと、今度は、はっきりと二回、ノックされた音が聞こえた。
「開けてくれないか。」
「……。」
 聞き覚えのある声にリオンは、チェーンをしたままドアを少しだけ開けた。
「お前は。」
「ウッドロウ・ケルヴィン。ここの王子だ。」
 開いたドアの隙間から、ウッドロウは、何かひどくあせっているような引きつった笑みを見せていた。
「…何の用だ。」
 ウッドロウは、ドアの隙間からリオンの部屋の中を覗き見て、他に誰も人がいないことを確認すると、やや縋るような目をリオンに向けた。
「詳しく事情を話したい。中に入れてくれ。実は、私の部屋の前には護衛の兵が二人もいて、交代の時間に急いで逃げて来たんだ。早くしないとここ にも来てしまう。開けてくれ。」
 この男に先にこっちに来られてしまったのは計算外だったが、ターゲットであるこの男を追い帰すわけにいかないので、リオンはドア・チェーンを外してウッ ドロウを部屋の中に入れた。
 リオンは、どこか落ち着きなく立ち尽くすウッドロウにソファーを勧め、自分も正面の席についた。
「実は君にどうしても頼みたいことがあるんだ。聞いてくれるかい。」
 ウッドロウはやや俯き加減の厳しい表情で話しを切り出した。
「……。」
 リオンは無言で頷いた。
 先程テラスで会ったときの、自信過剰な王子の顔とはうって変わった表情に少しだけ興味を引かれた。
「君も知ってのとおり、私は近日中に正式に婚約させられる。アクアヴェイルの、…顔も見たことがない姫君と。」
 深刻な表情のままウッドロウは言った。
「…そうか。」
 リオンは、やや瞳に相手に対する理解をにおわせるような色を混ぜ込み、小さく頷いた。
「アクアヴェイルの姫君はまだ10歳だそうだ。政略結婚といってもあまりだと思わないか。今回のことはすべて両国の大臣たちが勝手に決めてしまったことな んだ。」
 リオンは心の中で苦笑した。
 なるほど、この男は政略結婚についての駄々をこねに来たのか。 
「それが王家に生まれたものの定めだと思うが、違うのか?。」
 リオンは声のトーンを落として穏やかな笑みを作りながらも、わざと挑発するような言葉を選んだ。
 するとウッドロウの瞳に少し鋭い色が混ざりこんだ。
「私は、君も私たちの同族だと思っていた。」
「何?。」
「だって、そうだろう。自分の意図とは関係ないところで、自分の身の振り方、全てが決められてしまう。いくら夢や野心を抱いたとて、それは国家 や他人の手によって容易く歪められたり、もっとひどい場合は叩き潰されたり。」
「…。」
 リオンは相手に気づかれない程度に眼の隅で浅く笑った。
 この男はどうやら自分をただのいいとこのボンボンだとでも思っているらしい。
 冗談ではないと思ったが、言ってみたところでウッドロウに到底分かるとも思えなかったし、言う気もなかった。
「…お前、好きな女でもいるのか。」
 ありふれた芝居の筋書きのようだとリオンは内心軽蔑しながらも無表情に言った。
 しかしウッドロウは即座に否定した。
「私はこの国の王子として生まれた。もちろんこの国を愛しているし、この国のためならば、私自身の自由など、とっくに諦めているさ。…だが、大 臣たちの考えていることは、アクアヴェイルの海軍力を得ることだけだ。それを得るために10歳の少女を利用しようとしているのだ。ファンダリアとア クアヴェイルはつい最近まで紛争状態だったというのに。姫君は所詮戦争の人質なんだ。こんな婚姻、人道的にゆるされるはずがあるまい?。」
 そう言うと、ウッドロウは辛そうに眉をしかめ、俯いたきり黙りこんだ。
 この男の人道論は、どうやら顔も見たことのない幼い姫を思いやってのことらしい。
 なるほど、噂通りの甘ちゃんだ。
「だからね、アクアヴェイルの方からこの婚姻を断るようになればいいと思うんだ。そして、そのためには、君の協力が必要なんだ。」
  その言葉を聞き、リオンの目が警戒するように光った。
「僕の?。」
 ウッドロウが大きく二三度頷いた。
「こうして欲しいんだ。…私はここで、一晩君と過ごす。そして明け方、こっそり部屋に戻る。おみやげに君のその…、イヤリングをもらって。…そ れを私の部屋の床に落としておく。そして、このことを意図的にアクアヴェイルの使者の耳にいれるようにするんだ。」
「……。」
「その結果、あの異常にプライドの高いティベリウス王の怒りを買うことになる。…つまりアクアヴェイルの方からこの婚姻を破棄するように仕向け るんだ。」
「…本気か。」
「ああ、私は君の名は出さないし、誰もがこのイヤリングをどこぞの女性のものだと思って疑いもしないだろうよ。…大丈夫だ。君に迷惑のかかる ようなことは一切ないと誓うよ。」
 当初のリオンの計画とは違ってしまうが、本当にウッドロウの言葉通りに事が進めば、確かにリオンの目的も達成できることになる。
 しかし、ウッドロウの目は本気だったが、どこかこの婚約をぶち壊すことを悪戯のように無邪気に楽しんでいるフシがあるようにも思える。
 それにしても、婚約を台無しにすることによって得られる結果が、幼い姫の身の安全だけだとでも本気で思っているのであろうか。後にはヒューゴの恐ろしい 陰謀が 待っていると言うのに。
 そう思うと、この根っからのお人好しらしいウッドロウを無条件で信用する気にはなれなかった。
 考え込んだリオンの目の前に、いつの間にか、ウッドロウが立っていた。
 目の前の男に対して内面を悟られないように気を使いながらの考え事に注意を奪われていたので、正面に立ったウッドロウに気付いたとき、あやうく驚きの声 を上げそうになった。
 ウッドロウはやや悪戯っぽい笑顔でもってリオンを見つめ、その長い腕を広げ、続いてリオンの方にゆっくりと伸ばして来て、その両肩にそっと乗せてきた。  
「…何をする気だ。」
 芝居がかった気障な仕草にうんざりしながら、リオンは上目遣いに睨み上げたが、薄手の布地を通して触れてきた掌は熱く、そしてその力は強かった。
 リオンの肩が一瞬、緊張したのを掌を通して感じ取り、ウッドロウはうれしそうな微笑みを浮かべた。  
「これで君はこの部屋で、私と一晩過ごすことになったんだ。…こんな深夜に、男を部屋に入れておいて、何もされずに済むわけがないだろ う?。」
 その言葉に唖然としてリオンはすぐさま肩の手を払いのけた。
「…そっちが頼んで入って来たんだろう。それに僕は男だ!。」
 嫌悪を隠さずに語気を荒げて睨んでくるリオンにもう一度、ウッドロウは甘く微笑んでみせた。
 そして今度は、そっと腕を伸ばすと、両手でリオンの頬を包み込むようにして見つめてきた。
「でも君は、今、こんなにきれいだ。髪も、肌も洗いたてで、とてもいい手触りだ。…、それに、ここから。」
 抱きすくめるようにしながら耳元に唇を寄せてきた。
「とてもいいにおいがする…。」
 こういうことには慣れきっているかのように、ウッドロウの言葉も仕草も流暢だった。
 リオンは相手の図々しさに閉口しながらもすばやく計算する。
 ウッドロウの立場も苦悩も、世間知らずな甘い性格も、リオンの当初の計画に入っていた。
 そして今、敵国の姫との政略結婚という重責のため、疲れと興奮で少し頭が混乱しているらしく、今日初めて会った他国の人間に馴れ馴れしく頼ってきてい る。
 おそらくプライベートに関して相談できるような同世代の友人にすら不自由しているのであろう。
 周りを取り囲むのは、ファンダリア王家の嫡子の崇拝者と、重臣が選んだ学友たち。
 ならば、今、ここでこの男と寝ることによって、この男の抱えている孤独に入り込み、ひと時の悦楽に惑わせてやった方が、後々何かと便利なのではないか と。
 リオンはここまで計算を巡らして、それから少しだけ困ったような笑みを浮かべて上目遣いにウッドロウを見やった。
「…あきれた男だな。」
「君になら、何を言われてもうれしいよ。…今日、君に会えたこと、たぶん私は一生、神に感謝することになるだろうね。」
 そのセリフを言うのは自分で何人目なんだ、と考えもしたが、こんな自意識過剰な演出も、この男の立場を考えれば、無理からぬことかもしれないと思わせら れる。
 ウッドロウがゆっくりと唇を重ねてきた。
 数回軽くついばむように触れて、その後少し吸い上げてきた。
 その相手を焦らすような口付けは、やはりひどく慣れたものであった。
 リオンはソファーにもたれかかるようにして、それからゆっくりとウッドロウの背に手を回し、誘い込んだ。
 ファンダリアの第一王子。これほど利用価値の高い男もいないだろう。
「ふん。…いいだろう。せっかくの結婚をフイにした気の毒なお前に免じて、今回はお前の放蕩に付き合ってやる。」
 それが合図となる。
 ウッドロウはやや人の悪そうな笑みを浮かべると、再度口付けてきた。
 今度は深い口付けで、やや強引に舌が差し入れられ、それは歯列をなぞり、舌を絡め取られた。
 そして唇が重なった状態のまま、リオンのブラウスのボタンを起用な手つきで外し、そこから手を差し入れてきた。
 掌はゆるゆるとリオンの肌を這い、指が胸の突起にふれたとき、リオンの身体がピクリと跳ねた。
 ふと、ウッドロウが顔を上げた。
「…おや、いいものを持って来たんだね。お国の酒かい?。」
 サイドテーブルに置かれた『酒』にウッドロウが気付いて、言った。
 ウッドロウを罠にかけ、ファンダリアを窮地に追い込むつもりで持ってきた『仕込み』の入った酒。
「…ああ。だが、それはもう、必要ないんだ。」
 リオンはそう言うと、そろそろと脚を開いて、ウッドロウにまかせる姿勢をとった。

 ウッドロウの唇がリオンの首筋をよぎり、そこから所々を強く吸い上げてゆっくりと下に落ちていく。そうしている間にもウッドロウの右手はリオンの膝裏を 抱え上げた状態で、その腿の裏側をゆるく愛撫し続けていた。
 身体を包み込むウッドロウの胸のあたりの汗の匂いは心地よかったが、その愛撫は焦れったく、たまらずリオンが顔を逸らすと、ウッドロウは唇の端を少し上 げて薄く笑い、左の手を頬に添え、目を合わせてくる。
「あせらないで。今夜はゆっくりと、…君と楽しみたい。」
 耳元で低く囁かれた傲慢な言葉も今は巧みに官能を煽る道具になった。
 ウッドロウの指がしつこいくらいにリオンの腿の付け根のあたりを行ったり来たりし、同時に額とこめかみにキスの雨を降らしてくる。
「ンッ…。」
 リオンはウッドロウの唇から逃れるように再度顔を逸らし、膝をすり上げて、その丁寧すぎる愛撫を中断させる。
 場合が場合だけに、こんなふうに一方的にあやされるような抱かれ方は不本意だとリオンは思う。
 リオンはウッドロウの頭を掴んで強引に口付け、続いてけだるそうに薄く見つめてやる。
 挑発に熱くなったウッドロウは、やや熱を持ち始めたリオンの中心に指を伸ばしてきた。
「…は、ぁっ…。」
 素直に感じてみせ、潤んだ瞳で見つめてやる。その中性的な美貌をもってすれば、それだけで大抵の男は骨抜きになった。
 リオンの体液で湿った指が身体の奥を慣らしてくる。
 そこを突いたり、広げたりする動きに合わせてリオンは蠢く指を締め付けた。
 ウッドロウは身を捩じらせるリオンの腰を捕まえて、こねるような動きでさらに奥を探った。
「あっ…、も…っ。」
「もう…何?。」
 ウッドロウの息も上がってきており、そろそろ欲に耐えられなくなるころだろうにそんなことを言った。
 リオンはゆっくりと膝を立ててウッドロウを誘う。
 言葉でねだるようなことはしない。
 両脚を大きく割り開かれて、ウッドロウが身を進めてきた。
「あ!、あぁ…っ。」
 好ましい逞しさと、期待を裏切らない愉悦にリオンは身の内に新たな緊張感が湧き上がるのを感じた。
 仰け反らせた喉に唇が落ちてきて、熱い舌が這った。
 ゆっくりとではあるが確実に追い上げてくるような刺激にリオンの身体は突っ張って震えた。
 流されまい、として唇を噛み締めても快感を途切れなく送ってくるウッドロウの動きに翻弄されてしまう。
 方向感覚が無くなったかのような瞬間の後、リオンは身体を小さく痙攣させて達する。ほとんど同時に奥にウッドロウの熱い滾りを感じ、安堵したようにリオ ンは四肢を投げ出した。
 行為のあとには心地よい気だるさが身体を満たしていた。
 指一本動かすのもおっくうなほどぐったりしているというのに、ウッドロウの腕の中にいるのは意外なことにも気分がよかった。
 リオンはまんざらでもなく、腕をウッドロウの背に回し、今回の『獲物』であった男の身体をせいいっぱいの愛しさを込めて抱きしめた。





  ##

 目を覚ますと、傍にウッドロウの姿はなかった。
 リオンは急いで起き上がり、左耳を確認すると、イヤリングが外されていた。
 ウッドロウは上手くやったのであろうか。
 リオンはテラスの方に行き、そこの窓から城下の街を見下ろした。
 計画どおりならば、今ごろセインガルドの『草』がゴシップを国中に撒き散らしている頃だ。
 リオンはバスルームに向かった。
 支度を整えたら情報が行き渡っているかを確認しに行かねばならない。
 リオンは鏡の中の自分を見た。
 そこには、もう、夕べファンダリアの王子の腕にしどけなく抱かれた少年の姿はなかった。

 そして。
 それから数日後、ファンダリア国第一王子ウッドロウ・ケルヴィンとアクアヴェイルの姫との婚約が破談になったことが、正式に発表された。





                  

            
        


   2004 0212   RUI TSUKADA



 バカ王子の言い分
 1 私はロリコンじゃない!。
 2 ティベリウスを「お義父さん」と呼べと言うのか!。
 3 どうしてもリオンとやりたかったんだ!。

 ちなみにティベリウスに娘(10)がいてウッドロウと結婚の話があったというのは、私のオリジナル設定ですので、突っ込まないでね。 
 リオンは美人だ。こうも男がぽんぽん引っかかるんだからさ(投げやり)。
 王様が18年後も独身なのは絶対リオンのせいだ。 
 いやいや、それにしてもウッド(23)×リオンって絵的にいいな。
 H上手そうだよな。特権階級CPは書いていて楽しいよ。
 この話は続きもので、現在第6話まで書いたぞ。
 よし、予告だ!。次回「王子と剣士(2)」、王子はリオンに激烈情熱アプローチを開始するも、そこにはパパの壁が立ちはだかる!!。
 王子×坊はイイぞ〜。先が悲劇だからね。萌えますぜ…。