『レクイエム』
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昨晩から降り続いている雨は、昼を過ぎても一向に止む気配はなかった。 春だというのに、雨は氷を含んだように冷たく、厚手の喪服を染み通してもなお、身体から体温を奪っていくようだった。 王宮の門の方からは、弔問に訪れた者の馬車の、馬のひずめの音がひっきりなしに聞こえてくる。馬の数から想像するに、たぶんセインガルド国の貴族たちの 6頭立ての馬車だ。 出迎えにいくため、リオンは門の方に向かった。 途中、上空を見上げれば、鉛色の空に弔いの鐘が響いていた。 葬儀が始まっても、セインガルド城の広い敷地の西側の教会の正門には、記帳に訪れた弔問客の黒い列が、いまだ絶えることなく、不規則な流れとなって連 なっていた。 壮麗な教会の奥には、白い花に埋め尽くされ、弔いの香が焚かれた祭壇が設けられている。 その祭壇の中央には、セインガルド国旗が掛けられた棺が安置されており、そしてその棺の中には、知勇において王国随一と謳われた若き将軍の亡骸が横た わっている。 女性が一人、棺の上に白い花をたむけた。女性は上段に掲げられた遺影を見上げると、耐え切れなくなったようにその場で泣き崩れた。 すぐさま故人の弟のアシュレイ将軍が列からはずれ、その震える背を支えるようにして、女性とともに歩いていった。 背の高い神父が聖書を読んでいる。 低く流れる鎮魂の曲と、弔いの鐘の響く中、あちこちから女性たちのすすり泣きが聞こえてくる。 親族の列のすぐ側には、故人の同僚であった6人の将軍たちが皆一様に、悲しみと不条理な怒りに唇を噛み締めていた。 フィンレイの亡骸は、セインガルド国の南東の端にある、美しい湖の見渡せる丘の上の墓地に埋葬される。 近衛の七将軍職にあったものは、ダリルシェイドの近くの墳墓に祀られることとなっていたが、生前、フィンレイは自分が死んだら彼の地に埋葬してほしいと 常々言っていたと、6人の将軍達が遺族を説得してのことであった。 その湖には、リオンも以前、七将軍らに演習をかねて連れてきて貰ったことがあった。 あの日、フィンレイは仲間の将軍達と、光をいっぱいに反射した湖で、訓練を忘れて子供のように戯れていた。 しかし今、それを懐かしく思い出す資格はないとリオンは思った。 そしてその通りに、いくらその日のことを詳しく思い出そうとしても、色彩も音も匂いも輝きすらも思い出せないのだ。 まるで古い白黒の記録フィルムが次々と、断片的にコマ送りされるかのようで、ただ、死にかけた感情の中に埋没した、束の間の景色が見えるばかりであっ た。 リオンは自分の掌を見た。 あれほどまでに皆に愛され多くの人から必要とされていた人を、自分は殺してしまったのだ。あの、一滴の毒の入ったワインを飲む直前まで、自分に慈愛に満 ちた微笑みを見せていた。 気さくな人であったが、役職柄、口に入れるものには常に注意を怠らない人であったはずなのに。何の警戒もせずにグラスのワインを飲み干した。 毒が喉を通っていき、体内に取り込まれるその瞬間、信じられないものを見るように、見開かれた、あの瞳の中の、悲しみと恐怖と怒りの焔が脳裏に焼きつい て離れない。 「リオン…何故だ。」 絶命の直前までそう問われた。 しかしその問いに対する答えすら、自分は用意することもできないのだ。 葬儀が終わると棺が馬車の中に安置され、遺族と6人の将軍たちが、後続の馬車に乗り込んで行った。 冷たい風が吹き、雨が斜めにふきつけた。濡れた前髪から、表情の凍りついた頬に雨水が次々と滴り落ちた。 寒さのせいで、爪先や手指、それと顔と頭も、感覚を失うほどに冷えているというのに、脳の芯はピリピリと痺れてきて、身体の表面には汗さえ滲んでいた。 馬車の影が、雨に煙った王宮前の大通りを遠ざかっていくのを見送りながら、リオンは到底説明のつかない感情にかられて、鉛色の天を仰いだ。 ## リオンは降りしきる雨のなか、王宮から一人で屋敷に戻り、出迎えたメイドに、しばらく休むから誰も部屋には近づくなと言い捨てて自室に篭った。 元々私物が少なく、どちらかと言えば殺風景な広く暗い部屋の中で、リオンは濡れた喪服を着替えもせずに、じっとたたずんでいた。 リオンは、自分の犯した罪を繰り返し反芻してみて、凍りついたような感情群の底に、ふつふつと煮えるような怒りが頭を擡げてくるのを感じていた。 これは父、ヒューゴの命令だった。 愛する者の身の安全を盾に取られて強いられたことであった。 そしてその命令は、自分とヒューゴとの間にある『親子』という絶対の楔が厳然として存在しているがために一層陰惨で残酷だった。 殺意まで抱いた。繰り返される暴力と支配と、それに伴う憎しみと歪んだ執着とをぎりぎりと噛み締めながら、二人の間に黒々と横たわる亀裂を凝視して、己 の置かれた境遇を呪い続けるような日々がこの先延々と続くのだ。 ならば、自分が生きている限り、この地獄は終わらないのか。 突然、背後でガチャリという音がして、部屋の扉が開かれた。 リオンは、瞳を見開いて、肩越しに扉の方を振り向いた。 ノックもせずに開けたのは、やはり思った通りの人物で、リオンは全身で警戒して、その人物の方に向き直った。 「どうした。灯りもつけないで。」 まるで何事も無かったかのような声音。心臓に、氷の杭が打ち込まれたかのようだった。 ヒューゴは、持ってきたランプを部屋の隅のテーブルに置き、リオンに近づいてきた。 「来るな!。」 ヒューゴは、リオンの言葉にピタリと足を止め、その場で頑なに拒絶を示すリオンを見下ろし、含み笑った。 含み笑いはやがて声を上げたものに変わり、その狂ったような笑い声は暗い室内に不気味に響いた。 「どうしたのだ、リオン?。今日はお前を労おうと思っていたのに。」 リオンは渾身の力を込めて、まるで愉しむかのように自分を見下ろすヒューゴを睨み付けた。 そして、その射るような視線を少しも動かすことなく、慎重に後ずさりをして距離を取った。 「…僕は、貴方の思い通りにした。貴方の命令通りにフィンレイ将軍を殺した。…だけど、もうたくさんだ。今日限りで終わりにする。僕は自首する。将軍たち に全て話して、死刑になる。『リオン・マグナス』は死んだ方がいい人間だ。」 叫ぶようにそう言って、リオンは唇を噛み締め俯いた。 あたりの空気が凍えたような感じがした。自分が言った言葉の強烈さに、頭の中がぐらぐらしていた。 しかしリオンを見下ろすヒューゴの顔色は毛筋ほども変わらなかった。 相変わらず醒めたように見下ろして、ついで一つため息をついた。 「口先だけのことを。」 「本気だ!。僕はもう、誰かを裏切り続けるのは、たくさんだ!。」 リオンは、ぼろぼろに傷ついた良心の断片に縋り付くようにしてそう叫んだ。 そしてそう叫んだ途端、何かが身体の中で弾けるのを感じた。 深い水の底から水面に浮き上がったときのように、それは明確な現実感を伴って感じられた。 ヒューゴの顔からすっと表情が消えた。 こんなヒューゴの顔は、これまでも何度も見たことがあった。 虚無だ。何も無いくせにおそろしい力で己を縛りつけ抑圧する。 そして自分は、この抑圧を前にすると、虚無の中でじっとうずくまりながら、まるで怯えた小動物のように五感を研ぎ澄ませ、抑圧の対象が目の前を通り過ぎ るのをじっと耐えねばならないのだ。 リオンとヒューゴの間の空間に、二人の視線が探りあうようにして交錯した。 リオンは、唇を噛み締めヒューゴを睨み続けていたが、内心はヒューゴを恐怖していた。 極度の緊張のため心臓が咽元までせり上がってきているようで、鼓動がうるさく耳元で鳴っているようだった。 歯を噛み締めていないと、震えて合わせた歯が鳴りそうだった。 今、こうしているその瞬間毎が数時間にも感じた。 その身体全体を拘束するおそろしいような沈黙の中、大声で怒鳴りつけられるのか、それともひどい暴力を受けることになるのかと怯えねばならなかった。 だが、ヒューゴは相変わらず醒めた目でリオンを見下ろしたまま動かない。 リオンはふと、この長い沈黙に、ヒューゴは先ほどの自分の言葉に困惑しているのかもしれないと思った。 今回のことを将軍たちに自首すれば、ヒューゴにも当然その疑惑は向けられることになる。 セインガルド国王の娘を妻にもつフィンレイは今や王家の親戚であり、将軍としても、将来を嘱望されてやまない存在である。 その若さを差し引いても妬みの目で見られることには事欠かなかったはずである。 そしてそのフィンレイが死んで一番得をするのは、他でもない、国王相談役のヒューゴなのだ。 リオンは汗でじっとりと濡れた掌をもう一度握り締めた。 見たところ、ヒューゴは自分を醒めたような目で見るばかりで、すぐさま暴力をつかってくる様子はなかった。 その沈黙にリオンは僅かな望みを見出した。 リオンは必死になって、言葉を発しようとした。 …自分さえ。ヒューゴに不利益が及ばないように説得すれば。 「分って、…頂けますか。ヒューゴ様。」 リオンはできるだけ冷静に言葉を繋げた。その口元に懸命に作った笑みさえ浮かべて。 「…今回のことは、全て僕一人がやったことだ。…僕は、『リオン・マグナス』は、七将軍の地位が欲しくて、手柄を焦っていて…。信頼から無警戒 のフィンレイ将軍を…、殺害したのです。僕が、捕らえられれば、この家にも捜査の手は及ぶでしょう。ですが、僕は、…どんなに厳しい取調べを受けても、絶 対に。…絶対にヒューゴ様の名は出しません。最後まで、僕の独断での、」 言いかけたとき、ヒューゴの目がぎらりと鋭く光った。 「お前一人でだと?。」 足音がした。ヒューゴが突如として踏み出し、こちらへ向かってきた。 周囲の空気が激しく揺れた。 リオンはヒューゴの豹変に怯んだ。逃れようとしてももう遅かった。 ヒューゴはリオンの前まで来ると無言のまま襟元を掴み上げ、その身体を壁に強く押し付けた。 「…!。」 背中が壁に当たった衝撃に呻く間も与えられず、次の瞬間には息がかかるくらいに顔を寄せられた。 「せっかくここまで計画通りに進んでいるというのに、どうしてそこで自首だとか、死刑だとか、そういう話になるんだ。」 ヒューゴは怒鳴ったりはしなかった。 食い入るような眼でリオンを見下ろして、しわがれたような声を出した。 「…ぁ、」 リオンは苦しさから逃れようと、襟元を掴んだヒューゴの手に爪を立てて、ゆるくもがいた。 「お前という奴は、何度言えば分かるんだ。」 ヒューゴの口から、獣のような唸り声が漏れた。 そして次の瞬間、リオンの腕をねじり上げてきた。 「…っ!。」 ちぎり取られるような痛みが肩に走った。 唇を噛み締めても痛みに呼ばれた涙が滲んでくる。 「来い。」 そう言ってヒューゴはリオンの腕を掴み上げたまま、強く引いた。 引き摺られるようにして部屋の隅の、書棚の前に連れていかれ、そこに叩きつけられた。 「う…っ!。」 書棚の上の段には、リオンが王宮の御前試合で優勝したときの記念の盾や、七将軍たちと収まった写真などが置かれてあった。 それが衝撃によりばらばらと床に落ちてきた。 ヒューゴは写真たてに収まった数人の青年の姿をいまいましげに見やると、それを踏みつけた。 ガラスがパキリと割れる音がした。 リオンは耐え切れなくなり、非難の目でヒューゴを見上げたが、ヒューゴはそれにかまわずリオンの腕を掴んで無理に起き上がらせ、そのままベッドの上に投 げ出した。 「……ぅ!。」 投げ出されたベッドのクッションが頬に押し付けられた。 うつ伏せたリオンの耳元で、薄地の絹のシーツが引き裂かれる音がした。 身の内に走った恐怖にリオンはあわてて上体を起こそうとしたそのとき、細く裂かれたシーツをヒューゴが左手に持ち替えたのが見えた。 ヒューゴは上体を起こしかけていたリオンの身体を頭から押さえつけ、両腕を背中にねじり上げ、後ろ手に縛り上げた。 続いて、下肢の服に凶暴な力がかけられ、引き裂くようにして剥ぎ取られた。 素足がむき出しになった屈辱的な格好にリオンは自分の姿を想像しないようにきつく目を閉じた。 両腕を縛られたままのリオンが、ベッドの上で動かなくなったことを確認すると、ヒューゴは満足したように深く息をついた。 節くれだった手がリオンの髪に伸ばされる。リオンはびくリと身体を震わせた。 「私のリオン。お前に乱暴なことはしたくないのだよ。」 宥めるように髪に触れながら、ヒューゴは先程とはうって変わって不気味なほど優しげな声を出した。そして荒い息をもらしながら、つ、とリオンの頬に指を 伸ばしてきた。 うつ伏せにされたまま、リオンは恐怖にゆるく首を左右に振った。 「私の計画はこれからなのだ。お前にはまだまだ私のために働いてもらわなければならないと言うのに。私は、大切なお前を失いたくはないのだ よ。」 ヒューゴはうっすらと嘲った。 まるで世間を知らない者を侮蔑しながら教え諭すようなわらい方だった。 リオンは身を捩って、縛られた腕を動かそうと試みた。 しかし布地はきつく皮膚に食い込んで、動かせば動かすほど締め上げてくるようだった。 「お前が、フィンレイ将軍を慕っていたのはよく知っているよ。国王陛下もよく仰っていた。まるで本当の兄弟か…、親子のようだと。」 ヒューゴの口調はひどく低く抑えられていたが、その影には狂気じみた響きが潜んでいるように思われた。 そうしているうちにも、頬に触れたヒューゴの指が肌をよぎって、すっとリオンの襟足にまわされ、後ろ首を挟むようにし、一瞬凶暴な力が込められた。 「……ッ!。」 その瞬間、もうだめかと思った。 このままヒューゴを拒絶し続ければ、自分はヒューゴにこの場で殺されるのだと。 もう役に立たない道具として始末されるのだろうと。 このまま、手を縛られたまま、首を絞められるのかと。 視線を巡らせば、床に転がった小さな額縁の中の写真が見える。表面のガラス部分が割れていて、床には細かいガラスの破片が光っていた。 こんな風に終わることになるとは思ってもみなかった。 剣士になると決めたときから、自分の死について何度も考えたことはある。 とりわけ近衛軍客員剣士の任についてからは、有事の際には身を挺しても王家の方々を守るのだと、将軍たちからは、そう繰り返し教えられてきた。 だが、今こうなってみて、所詮ヒューゴの手駒にすぎない自分は、こんなみっともない姿で、くびり殺され、その死体すらも打ち捨てられるのがお似合いなの かと。 現実としての死とは、これほどまでにあっけなく、くだらないのかと思った。 時が止まって一切が停止し、自分の目に映っているものが、一枚の空疎な灰色の絵になっていくのが感じられた。 冷たい屈辱がせり上がって来る。焦燥感にリオンは固く唇を噛み締めた。 ならば、自分が殺したフィンレイ将軍は、どれほど無念であったのかと。 フィンレイ将軍と過ごした時間の記憶が次々と頭に浮かんだ。 客員剣士としてフィンレイ将軍の直下の部下になったとき、剣の稽古をつけてくれたときのまなざし。 自分を呼ぶときの、あの、静かで慈愛に満ちた表情。 初めて自分自身で築けた信頼関係だった。 知り合ってわずか一年にも満たない。それでもその表情、声、そのすべてが今になって鮮明に蘇ってきた。 もうどうでもよくなってきた。罪人として死刑になるのも、このままこうしてヒューゴに殺されるのも…。 静寂をヒューゴが破った。 ヒューゴは一度ベッドから降りると、書棚の下に落ちている写真たてを拾い上げ、それをベッドの上の、リオンからはっきりと見える位置に置いた。 「なっ…。」 さきほどの自分の頭の中をヒューゴに読まれたような気がした。 リオンはたまらず上体を起こして、壁に背をつけてヒューゴから逃れようとした。 そのままじりじりと、ベッドの端の方まで移動しようとする。 「エミリオ…。」 低く呼ばれた名にリオンはびくりと反応した。 「私たちは本当の親子だろう…?。」 ぎしり、と音をたてて、ヒューゴがベッドに乗り上げてくる。 距離を詰められて、途端に重苦しい圧迫感がたちこめた。 つい、とヒューゴの手が伸ばされて、リオンの髪に触れ、それはすぐに肩口に落ち、ゆるゆるとなだめるような動きで撫で回された。 部屋の隅のテーブルの上では、ランプが置かれ、ランプの中では蝋燭が燃えていた。 その炎のせいで、ヒューゴの顔の陰影が強調された。 恐怖のせいで一層威圧感を増したヒューゴの顔が、涙でぼやけた視界の中で、不可解な獣のように映った。 「お前の母…、クリスはお前が生まれてすぐに死んでしまって、それからはずっと二人きりだったと言うのに。私がどれほどお前を大切に思っている か、…分からないのか、エミリオ。」 リオンはヒューゴの目をみた。 奥に昏い炎をゆらめき灯したようなその瞳は、ありありと狂気の色を孕んでいる。 声は低く穏やかだったが、それは異様な興奮を裏に隠した不気味な静けさのようであった。 リオンは恐怖に身を竦ませた。 「お前が死んでしまったら、父はどれほど悲しいか。頼むから、死刑になると言ったりしないでおくれ。…父から離れないでおくれ。…エミリ オ。」 明らかにヒューゴの様子はまともではなかった。 最初、いつものように、自分を脅迫する手段として『親子』であることを使ってきたのかと思ったが、ヒューゴの目は異常だった。 そしてその尋常でない光を湛えたまま、苦渋に満ちた表情でリオンを見つめている。 頬は不気味なほど青褪めており、わずかに開かれた唇は小刻みに震えていた。 ヒューゴの手が、リオンの胸に触れた。 布越しに、そこを撫でさする。 リオンは動けなかった。身体を固くしながら、されるままになっていた。 手は徐々にリオンの身体の下の方に移動していく。 ヒューゴがリオンの背後の壁に手をつき覆いかぶさってきた。こうなると完全に逃げ道が封じられる。首筋に顔を埋めてきた。そして肌の匂いを余さず嗅ぎ取 ろうとでもするかのように、荒く息を吸い込んでいた。 「……た、すけて。」 リオンの声は、掠れたようになって言葉にならず、喉の奥でつぶれた。 「エミリオ。」 耳元で低く囁きながらヒューゴの手がリオンの腰に触れてきた。 そのなだらかな線を確かめるような動きに、リオンはびくりと身をすくませた。 「エミリオ。」 「い、嫌…だ、や…。」 「……………。」 ヒューゴが何かを言った。 言葉の内容は何一つ、聞き取れなかった。 しかし耳の中では血がたぎるような音が聞こえていた。ふつふつと血がたぎり、流れ出し、出口を失って脳の血管を膨張させるような感覚があった。 次の瞬間、ものすごい力でうつ伏せにされ、リオンはベッドに押さえつけられていた。 悲鳴を上げる間も与えられなく、首を上から締められた。 続いて荒々しく下肢を開かれて、内腿が冷たい外気に晒された。 そしてそこにヒューゴが熱く勃ち上がった自身を押し付けてきたのが分かった。 「あああぁぁ………ッ!。」 力任せに貫くそれは、リオンの乾いた体に無理があって、下肢に凄まじい激痛が走った。 ヒューゴは狂気のような唸り声を上げてリオンの身体を蹂躙した。 うつ伏せの姿勢のまま、腰を持ち上げられて、内臓を抉るように突き上げられた。 涙で曇った視界の中に、無残に引き裂かれ、投げ出されたシーツが見えた。 下肢の痛みに腿が痙攣し、気を失いそうになる。下腹部の圧迫感に吐き気が込み上げてくる。 濃厚な血の匂いが漂っても、ヒューゴは動きを止めようとはしなかった。 恐怖と限界を越えた苦痛に声も出なくなった。 ただ、荒い息が幾度も幾度も喉から押し出され、それにまた息を詰まらせて、悲鳴のような呼吸が喉から抜けてゆくだけだった。 たすけて。 確かにそう自分が言ったような気がする。 だが、一体誰に助けを求めればいいのか分からない。考えてみれば今の自分には信頼できる人という者がいない。唯一そう呼べたのはフィンレイ将軍だけだっ た。 泣き叫んでも、扉の外に声が漏れていても、屋敷の者たちはヒューゴに逆らえない。 誰にも助けてなどもらえない。誰も彼もが拒んでいる。 皆ひっそりと、息を殺して様子を伺っているような感じがした。 何度も何度も「エミリオ」と呼ぶ声が聞こえた。 狂っている。 偽名を受け入れ、ヒューゴに従い続けることが。何もかもが間違っているように思える。 あげくの果てに自分という人間がこの世に生を受けたことすら、あってはならないものだったように思える。 窓の外では一層、雨が強くなったようだ。 遠くで雷鳴が轟いている。風も強くなってきた。横殴りの雨がガラスの窓を叩きつけていた。 城の大聖堂の弔いの鐘が鳴っている。 それに呼応するように、国中の教会から次から次へと鐘が鳴り始めた。 弔問客の灯篭、喪の松明の燈っている家々、魂を送る香の匂いも漂ってきた。 それら全てがリオンを責めていた。 裏切り者。大罪人。 混沌とした闇の底に放り出されていくような感じがした。 |
2004 0208 RUI TSUKADA
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喪服、下 だけ脱がして腕拘束、バックからレイプ、流血、とやりたい放題のパ パさん。 え〜み〜り〜お〜。…。 そ、それはともかくフィンレイ様の死はまじツラいよ。 これによってリオンが失ったものを考える とね…、せつないっ…。 ヒューリオに関しちゃ、苦手です。特に狂ったヒューゴの心理描写が難しい。つか出来てない。 |