『鍵』




 ひとけの途絶えた深夜、リオンは一人屋敷の廊下を歩いていた。
 何度目かのため息。立ち止まり、小さく首を左右に振って、ともすれば萎えそうになる気を奮い立たせるようにして重い足を運ぶ。
 おそらく数日前に宮廷で開かれた舞踏会での一連の騒ぎのことが、今回の呼び出しの理由であろう。
 あのあと、父、ヒューゴから自分に対して何も咎めだてがなかったことが、ひどく気がかりではあった。
 ファンダリア王の誘拐事件にしろあの騒ぎにしろ、 形式上何人かが処分されたが、真相は結局公にはされなかった。
 そしてあの時、たしかに自分が現場で遭遇した者たちも安穏と生きている。
 納得できないわだかまりだけが残された。
「…。」
 リオンはまた一つ重くため息をつき、この喉のあたりに痞えるような、苛立ちを沈めようと努力した。

 ここのところ数日、リオンは事件の表向きの処理仕事にかまけ、休む間もなく宮中を奔走していた。
 屋敷にもろくに戻れず、王宮に泊り込む日々が続いていた。
 また、ヒューゴも各地に自身の事業のための視察に出かけるようになり、ずっと屋敷を留守にしているようだった。
 しかしあの事件の真相を知る者の一人として、自分もやはりこのまま只では済まないと思ってはいた。

 リオンは重厚な樫の扉の前に足を止めると、もう一度大きく息を吐いた。
 ふと、深夜とは言え、邸内の警護の者が一人も見当たらないことが気になった。
 毛足の短い絨毯が敷き詰められた長い廊下は、常夜灯の淡い光に照らされ、階下へと続く階段の踊り場に向かって闇に吸い込まれていくかのようで、息苦しい ばかりの静けさが余計気を重くさせた。
 しかしそれすらも、これから顔を合わせなければならない人物のことを考えれば、些細なことであった。

「…リオン・マグナスです。」
 二回のノックのあと、静かに名乗る。すぐに返事が返され、失礼しますと言いながらヒューゴの私室に入った。
 粗雑な振る舞いを嫌うこの部屋の主に気を使って、極力扉を静かに閉じる。
 それからリオンは緊張した面持ちでヒューゴの方に向き直った。
 この部屋には何度か来たことはあった。いずれもヒューゴに命令された仕事の報告のためであったが、今のリオンは近衛騎士の上職の身分にあるから、宮中や 軍関連の情報がその主な内容であった。
 しかし今日、具体的な用件を告げられぬままヒューゴに呼び出されたこの部屋は、ひどく居心地が悪い。
 いつもは陽光の当たるテラス側の大きな窓辺に立ち、自分に背を向けて報告を聞く父は、今夜は自分の方を向いて無言で立っている。
 上質のカーテンに重く閉ざされた静寂も、一層リオンの緊張を煽るようだった。
「ご用件は。」
 緊張に声がわずかに上ずった。
「…ふむ、先日の宮中でのことはこれ以上何もお前に言うことはない。お前は言われた 通りこれまでと同じく、私の指示通りに動いていればよい。 あの晩お前が見聞きした事については、城の連中にくれぐれも漏らさぬように。特にお前の上司のフィンレイ将軍からは何かと聞かれるであろうがな。忘 れるな、お前の主はフィンレイ将軍でも陛下でもない。私だ。そしてお前はこちら側の人間であると言うことをな。」
「…はい。」
 リオンは静かに頷く。
 なるほどこの男は釘を刺しに自分を呼び出したのか。
 たしかに決着はついているはずだった。
 しかし『こちら側の人間』であるとか言いながら、真相を事後承諾のようなかたちで告げられた自分は何だというのか。
 何も聞かされぬまま近衛騎士の使命から彼らの悪事の現場を抑えたのに、マリアンの身の安全を引き合いに出された途端あっさり引き下がり、そればかりか取 り乱して役目を放り出した自分の醜態を苦く思い出す。
 ひどく不本意だ。自分は今、何もかも裏切っている。
 信頼してくれているフィンレイ将軍も、陛下も、…ようやく手に入れかかったまともな人間関係も。
 内面を押し隠してリオンは静かに目を伏せ、視線を落とし、表情を殺す。
 逆らえない、今は。
「お前があの晩、私に言ったこと、そう、この家を出ようとすることなど、無駄と知ることだ。お前のことだ、仕官の先などセインガルド軍の他に も降るほどあるだろうよ。…だがな、これだけは忘れるな。私とオベロン社無くしてはこのセインガルドは成り立たない。それは陛下もよくご存知だ。その私に 逆らって所詮温室育ちのお前に何ができるのか考えてみろ。
私を、ひいてはセインガルドを敵に回してお前を受け入れる国などないことをお前なら判るだろう?、リオン。」
「…肝に銘じて。」
 極力抑揚を抑えて静かにそれだけ言う。固く握り締めた手に汗が滲んだが表情だけは変えない。
 眼前の男に立場の弱さを曝したくない。
 「ふん。それでいい。」
 付け込んだようなヒューゴの言葉に不条理な怒りを覚えはしたが、この淀んだような部屋の空気は、ふとリオンに白けた冷静さを取り戻させた。
 …さっさと終わらせて早く部屋に帰って休みたい。
 馬鹿馬鹿しい、こんな脅迫じみた会話など。つまりいつもと同じということではないか。
 …いちいち付き合ってられない。
「それでは僕はこれで。」 
 踵を揃えて姿勢を正し、父である男に向かって一礼をするとリオンは扉の方に向かい、歩いて行こうとする。
「待て、リオン。まだ話は終わっていない。」
「…?。」
「今日はお前に新しい仕事を授ける。…今からそれを説明する。リオン、こちらへ来い。」
 ゆるりと手を差し出し自分を招き入れる男の目の奥に何か昏く光るものを感じた。
 それは剣士としてのリオンが敵に対峙したときの感覚に近いが、何かもっと別の、まるで絡みつくような気味の悪さを感じる。
 自然身体が緊張し、不測の事態に備えて身構える。それはおそらく条件反射的なものであって、肉親である眼前の男も例外ではなかった。
 だが、互いの表情がはっきりと見える位置まで近づいたとき、突然、ヒューゴに二の腕を捕み取られ、そのまま強い力で身を引き寄せられた。
「あ!」
 顎を捕らえられ有無を言わさぬ力で上を向けさせられ、押し付けられるようにして唇が重なった。
 覚えのない感覚に身をこわばらせた次の瞬間、腰を抱き込まれ、下肢を押し付けられた。
「…っ!。」
 反射的に噛み締めた口を顎の関節を強く掴まれて無理に抉じ開けられた。
 痛みに喘ぎ、首を振って逃れようとすると、すぐに生温かい舌が口腔内に入り込み、次いで舌がからめとられ、吸い上げられた。
「…やっ…。」
 そのぬめるような感触の不快さに腕でヒューゴの胸を押し返そうとするがうまく力が入らない。
 そうしている間にも喰らい付くように角度を変えて口腔内を犯された。
 口を閉じることもできず、呼吸もままならない苦しさにゆるくもがく小柄な身体を押さえ込み、ヒューゴの手が無遠慮に腰を這い回った。
 手が上衣の裾から入り込み、掴むような動きで触れられ、さらに指が深いところを探り込み、そこを布越しになぞられたとき、リオンは耐え切れなくなり ヒューゴを突き放した。
「…何をっ…。」
 荒く息をつき、唾液に濡れた唇を手の甲でぬぐってヒューゴを睨む。
 が、瞬間見えたヒューゴの目の暗い怒りの色に身が竦み、すぐさまリオンは目をそらし、逃げるようにして距離を取った。
「…失礼します。」
 それだけ言うとリオンは扉の取っ手を握った。しかしそれは回らず、ガチリと硬質の音を立てた。
「無駄だ。鍵を掛けた。」
 低い声が背後から近づいてくる。
「…誰か!、誰かいないのか!。」
 扉をガタガタ鳴らし拳で叩き、思わず外に助けを求めていた。 
「開けろ!。」
 すがるように声が上ずる。
「無駄だと言った。朝までこの棟には誰も近づかないように言ってある。」
 追い討ちのように両肩に重くヒューゴの手がかけられる。
 ずしりと感じるそれに次の瞬間の暴力を予想してリオンは身に気を溜めたが、それに反して両肩から手の重みがすっと外された。
 背後からヒューゴの気配が離れていくのを感じ、リオンはゆっくりと振り返った。
 背にあたる扉は封じられ重い静寂は密室のそれ。
 現実としての監禁に、にわかに恐慌状態に陥り頭に血が昇ったが、それでもこの状況から逃れる手段を探ろうとする。
 つ、とヒューゴは銀色の何かをつまみ上げ、それを床に落とした。
 硬い音を立てて金属片は床で跳ね、リオンの足元で止まった。鍵だった。
「お前に選択肢を与えよう。それでこの部屋から出てもよい。拒否する権利というわけだ。
…だが全く只で、という訳にはいかない。お前はこのセインガルドの近衛軍客員剣士で国王陛下にも七将軍にも信頼が厚い。そしてそうなるべく仕向けたのはこ の私だ。お前は本当に私の期待によく応えてくれた。…だがな、これからはそれだけでは不十分なのだ。」
 ヒューゴはふと言葉を切り、値踏みするような視線でリオンを見ながら続けた。
「…歳を負うごとにお前の母に似てきおる…。これは有効な武器になる。」
「……。」
 相手の言わんとすることが見えてくる。その下卑た笑い。怒りで顔が熱くなる。
「これまでの手段では得られる情報に限りがあると言っているのだ。私はこの国の経済の要。だがまだ足りない。これからは国軍の内情も掌握せねばならん。私 の…最終目的のためにな。そのためには彼らの私室に入り込んででも手に入れて欲しい情報があるのだ。これからはお前は、その美しい顔と身 体を使って寝物語にでも情報を手に入れろ。」
 その言葉の意味するところにリオンはさすがに耐え切れなくなり、声を荒げた。
「あ、あんたは僕に…ッ、僕に娼婦の真似事をしろと?!。ふざけるな!、断る!」
 そんな馬鹿な。冗談ではない。
「私の自慢の息子よ。幼い頃よりお前に授けた剣技、教養、品格。おそらくどこに行っても誰にも引けはとるまい。私の芸術品だ。お前は私のもの だ。お前の一番有効な使い方は私が決める。…だがお前が出来ないと言うのならば、他の者を代わりにするしかないな。…女を貢ぎ物にするのはいささか回りく どい手段ではあるが。」
「…。」
 会話の不愉快さにリオンは露骨に眉をしかめ眼前の男をにらみ付けた。
「マリアン・フュステル。」
 その瞬間、リオンの表情が強張るのをヒューゴは目の端で捕らえた。
「あれもなかなかに美しい。あれならば少しは役に立ってくれるかもしれない。早くに両親を亡くして苦労した娘だそうだからな。それに賢い娘だ。メイドにし ておくにはもったいないと、そうは思わんか。ふ、そうだ。あの舞踏会の日のように髪を結い上げて美しい衣装を着せれば充分に…。」
 言葉を切りリオンの反応を伺う。
「さあ、選べリオン。ここから出るか?。」 
 最初からそうするつもりだったのだろう。結局あの夜と同じことが繰り返される。
 マリアンの名さえ出せばこの男は自分を自由に出来ると思っている。
「…く…。」
 屈辱が足元からせり上がってくる。煮えるような焦燥に思わず斬りかかりたい衝動を無理に押さえ込んでリオンは唇を噛み締めた。
「……、僕の…、失言でした。役に、立てるのなら…。」
 搾り出すようにして屈服の意の言葉を告げた。
「そうだ。それでいい。お前さえ私に従えば誰も傷つかないで済むだろう。」
 悔しさに小刻みに肩を震わせるリオンをさも愉快そうに眺め、ヒューゴはゆるりとリオンの肩口にふれた。
 不快さにその手を跳ね除けたい衝動にかられるが、身を固くしてされるままになった。
「何を、すれば…。」
「服を脱げ。全部だ。」
 先ほどのなだめるような口調とは一変して高圧的な命令口調で言い捨てられる。
 その言葉を反芻すれば頭が真っ白になった。先ほどの行為といい常軌を逸している。
 偽名を与えられ主従の関係を強いられている間柄とは言え、それはこの家や眼前の男が担っている企業総帥という役割のためだと、これまでそう自分を納得さ せていた。
 しかし自分たちは親子なのだ。血の繋がった実の。
 命令の言葉通りに続けられる行為が自分の予想通りならば、そのおぞましさに眼前の男の正気を疑う。しかし何か言おうとしても言葉が出ない。
「早くしろ。」
 非情に言われ、刺すような視線に促されながら震える手を襟元に伸ばし、上衣のボタンをはずし、取り去った服を床に落としていく。
 泣き出したいような衝動を、固く目を閉じて堪えた。
 下肢の服に手をかけたとき、さすがに居たたまれず手が止まる。
 が、無言の圧力に押されてファスナーを下ろした。く、と唇を噛み締めて、この異様な雰囲気に耐えようとする。
 室内の灯りは明るい。羞恥に震え朱に染まった顔をせめて見せまいと顔を逸らして脱いでいく。
 服が全て取り去られ、リオンはヒューゴにその肌を全てさらした。
 指が白くなるほど強く拳を握り締め、長い前髪で自分の表情を悟らせまいとした。
「…その顔、なかなか似合うな。」
 品定めするような視線でリオンの身体を眺めながら言うなり、ぐいとリオンを掴みよせ、乱暴にベッドに引き倒した。
「…っ!」
 背中の衝撃に呻くまもなく、圧し掛かってくる男に腕の抵抗を封じられる。
 荒い息を間近に感じ、その抑圧の気配に一気に緊張する身は思うように動かない。
 いとも簡単に両の脚は内腿から割り開かれ、ヒューゴの身体を挟み込むような姿勢を強いられた。
 指先が食い込むような強さで手首を掴まれ、左右に押さえ付けられた。
 中心がヒューゴの身体に密着している状態から逃れようと、何とか身体を斜めによじらせたが、それを察したヒューゴはさらに大きく腿を開かせ膝裏から抱え 上 げ、恥辱に顔を歪ませるリオンに乱暴に口付けた。
「ぅ……。」
 完全に抵抗を封じられ、びくともしない身体。
 理不尽な恐怖が冷たくリオンの胸を抉った。
 組み敷いた身体が諦めたように大人しくなったことにヒューゴは満足し、ゆっくりと唇を開放する。
 舌でゆるゆるとリオンの唇を舐めながら、まるで怯える子供をあやすようかのような仕草で頬を撫でた。
「…いい子だ。大人しく言うとおりにしていれば悪いようにはしない。私に逆らうな。お前の主人は私だ。」
 熱く息を吹き込むように耳元で告げられ、リオンはこれから自分の身に強いられる行為を覚悟した。


 熱く湿った舌が肌を這い回る。耳元から首筋に下り、そこから鎖骨にかけ時折歯を立てて強く吸い上げ、所有の刻印を紅く残す。
 未だ誰にも触れられたことない少年の肌は傷一つなく、陶器のように滑らかで、触れるとそこから熱をもつ。
 幼さを残すしなやかな骨格に質の良い筋肉をうっすらと乗せた肢体は、無駄な部分が全くない。
 汗で頬に貼り付いた柔らかい黒髪と触れるたびに反応を返す敏感な肌と、うつろに暗い色を漂わせるアメジストの瞳。それら全ての潔癖さは返って男の劣情を 煽るようであった。
「…本当にお前は美しい。私が最高の芸術品に仕立ててやろう。」 
 満足げにそう言うと、胸の突起を舌で舐り上げ、そこに歯を立てた。
「うあ!」
 唇を噛み締め、喘ぎを堪えていたがその異様な刺激に思わず声がこぼれた。
「…感度は悪くないようだな?。」
 言うなりリオンをうつ伏せにすると膝を曲げさせ、腰を突き出すような姿勢を強いた。
「い、嫌…だ。」
 屈辱的な格好に拒絶を示すリオンを無視し、内腿に親指を食い込ませ、強い力で割り開いて秘所を暴く。
「あっ…!。」
 抵抗する間も与えられず、そこに何か湿った生温かいものが這う。
 それが舌だと知るとあまりの嫌悪感にがくんと身体が跳ねた。
「狭そうだな。」
 後ろで含み哂う。日頃のあの高圧的で冷たい態度からは想像もつかないような、その狂気じみた声色にリオンは身を竦ませ、シーツを掴んでその体勢から逃れ ようとした。
 ヒューゴはベッドサイドから何かを取り出した。
 カチャカチャと音を立てて何か液体の入ったガラスの入れ物を片手で起用に開け、中のものを指に取ったようだった。
 それが何なのか分からぬまま、そこに塗りつけられた。
「……う。」
 その冷たい感触に身を硬くして捩らせたが、ヒューゴの手ががっちりと腿を固定して引き戻し、少しも逃れることができない。
「うあぁッ!。」
 そこに突然異物が突き入れられ、その痛みに声を上げた。ヒューゴはさらに指を深く侵入させる。
「ぁっ…、い、痛っ…。やぁ、…あ。」
 上体を支えていた肘が力を失って崩れ、横倒しになるように肩で倒れ込んだ。
 それでも右手でシーツを掴むと、這いずるようにして食い込んだ指から逃れようとする。
「ふん。これでは使いものにならんな。…動かすぞ。」
「ああああぁ!」
 こじ開けられ掻き回される。無理な動きに下肢の奥で痺れるような痛みが上がり、一瞬視界が歪みかけたが、続いて何かが内腿を伝う感触に我に返った。
 肘を付いて僅かに身を起し、自分の下肢を覗きこむと、肌を伝う血の筋が見えた。
 絶望に涙が滲んでくる。
 ヒューゴは一旦指を引き抜くと、先ほどのガラスの入れ物から液状のものを更に取り出し、たっぷりと指に絡めた。
「力を抜け。」
 短く命令する。
「あ…、く。」
 痛みのショックと未知の感覚の恐怖に緊張して震える身体は思うようにならない。
 それでも挿入されるときの痛みから少しでも逃れようと、無理に息を吸い込んだり吐いたりして固まる身体を慣らそうと努力した。
「そうだ、それでいい。」
 奥まで指が到達するのが分かった。不自然な体勢に胸を圧迫され、呼吸すら思うようにならず息が苦しい。
 吐き気に熱い塊が喉まで込み上げてくるようだったが今は解放されそうにない。
 無理に細かく息を継ぎ、それだけが唯一自我を食い止める手段のように、自分の腕を血が滲むほど強く歯を立てて、断続的に込み上げてくる嘔吐感と内部を蠢 く指の感触に耐えた。
 が、指の数を増やされ、その瞬間の抉るような痛みに下肢がいっぺんに緊張した。
「ああああぁっ!!」
 今度は容赦なく最奥まで一気に突き入れられ、限界まできたところで、そこを広げるように動かれる。
 さきほどの行為で傷になったところをいたぶられ、下肢を伝う血の筋が増えた。
 狭さに業をにやし、ヒューゴは他方の手でリオンの双丘に指を食い込ませて押し開き、内部に挿れた複数の指をばらばらに動かした。
「うぁ…、やめ…て、あ、痛っ…あぅ。もうやめ…、や…。」
 苦痛に顔を歪ませ涙を流して懇願するリオンを無視し、ヒューゴは指でリオンの身体を慣らす動きを強めていく。
「指を引き抜く動きに合わせて締めるんだ。」
「…!。」
 この男は何と言った。抑揚の無い声で命令する言葉を反芻すれば、今、信じられないような格好をして父親である男に下肢を曝す自分の狂態がまざまざと目に 浮かんだ。
「うあ…っ、嫌だ、できな…っ。」
 懸命にかぶりを振って拒否するが、それで赦されるはずもなく、ヒューゴは食い込ませた指で乱暴に奥を突いた。
 どうしていいのかも分からない。ただリオンは淫らに腰を上げた姿勢のまま、固くシーツを握り締めて下肢を緊張させた。
 すると自分の身体の奥を犯す男の指の存在を強く感じた。もう何も考えられない。
 ゆっくりとした動きで抜かれる。内部の異物感が無くなってもそこは異様な疼きをもって痛む。
 リオンは細かく息を継いでともすれば遠くなるような意識を保つように堪えた。
「今度は入れるときに力を抜いて受け入れろ。…奥まで入ったらさっきと同じように繰り返せ。」
「う…ぅ、う。」
 非情な命令に涙を流しながら繰り返される抽送の動きに合わせて身体を緊張させた。
 塗り付けられた液体と傷からの出血のぬめりを借りて、そこは指を出し入れされる度に淫らな音を立てた。
「やればできるではないか?、リオン。本当にお前の身体はヨク出来ているようだな。…これならば使えるようになるのも早い。」
 うつ伏せたまま首をゆるく左右に振り、懸命に拒絶の意を唱えるが、かまわずヒューゴは内部でくっと指を曲げ、ある一点に爪を立てて引っかいた。
「ひ、ああぁ!。」
 大きくリオンの身体が跳ね、びくんと震える。探りあてた箇所を指先でぐりぐりと捏ね回すように弄られると、身体を小さく痙攣させてリオンは達した。
「や…、あぁ…。」
 自らの流したものに下腹部が濡れる感触にリオンは打ちのめされ、かくんと膝の力を失い横に倒れ、そのまま震える身体をぎゅっと抱くようにしてうずくまっ た。
「ふん、後ろだけでイけるとは、子供のくせに、…なんという淫らさだ。」
 哂う男の声をどこか虚ろに聞きながらリオンは打ちひしがれたように身を固くした。
「…さて。」
 震える身体を仰向けにひっくり返すと、ヒューゴは涙に濡れた顔に唇を落とし、涙の痕に沿って舐め上げた。
「う…。」
 腰を高く抱え上げ、脚を大きく開かせ、そこにヒューゴは自身をあてがう。
 その気配にリオンはぎくりと身を強張らせたが、次の瞬間ヒューゴはかなり無理な力を使って突き刺した。
「あああああー!!」
 リオンの口から乾いた悲鳴が上がる。
 背が弓なりに撓り、喉が仰け反ってほとんど本能的に身を貫いた熱塊から逃れようとする。
 ヒューゴはきつい締め付けに低く唸り、一旦身体を止め、小さく舌打ちをすると、もう一度リオンの身体を抱え上げ直し、さらに体重を掛けて深く貫いた。
「――――ッ!。」
 その激痛に声も出なかった。
 突き上げられ、動かれるたびに視点が合わなくなり、部屋の天井が撓んだ。
 下腹部を押し上げてくるような圧迫感に、内臓まで抉られている気がした。
 熱湯を浴びせかけられたように顔が熱く、歪んだ視界にめちゃくちゃな色が擦り付けられる。
 もう何も分からなくなった。引き裂かれる肉の感覚に自分がどんな声を上げているかも。
「あ…、く…。」
 唇を強く噛み締めたとき、切った唇の血の味が口の中に広がり、視界に紅い濁りが混ざりこんだ。
 同時にもう自分ではどうすることもできなくなった身体がひどく揺さぶられているのがわかった。
 動きは容赦がなかった。ヒューゴは荒い息をはずませながら突き上げつづけていた。
 そして最奥に叩き付けられた欲を感じたとき、リオンの意識は、絶望的なおぞましさの中で闇に堕ちた。



 気が付いたとき、ヒューゴのベッドで四肢を投げ出し仰向けに横たわっていた。
 ぐったりと弛緩した身体は指一本動かすのもおっくうで、身じろぎもできず、視線をめぐらすことがやっとだった。
 カーテンの隙間から青白く薄明かりが漏れており、室内の調度品の輪郭をあいまいな形に浮かび上がらせていた。夜明けが近い。
 無性に寒く、軋むように身体が重い。
 緩慢な動作でやっと上体を起こすと掴んだシーツの有様に息を呑んだ。
 血と精液に汚れきったそれに昨夜の行為の惨たらしさを思い出す。
 泣き叫び、痛みと恐怖に気を失っても頬を殴られ無理に意識を引き戻され、何度も繰り返してまるで抱き人形のように揺さぶられた。
 耐え切れずむしるようにシーツを剥ぎ取り、それごと引き摺ってベッドから降りた。
 足を着いたときの激痛に自分の体重すら支えられず、そのまま崩れ、冷たい床に突っ伏した。
「うっ…。」
 突然込み上げてきた吐き気に口元を押さえ、這うようにして部屋のバスルームに駆け込んだ。
 蛇口を捻り、シャワーヘッドから放出される冷水を頭からかぶるとリオンは嘔吐した。
 気管に入り込んだものにむせ、硬い大理石に爪を立てて繰り返して吐き出した。
 排水口に吸い込まれる冷水とともに、どろりとした粘性のあるものが自分の下肢から流れ出ているのが目に入った。
「…う。」
 おぞましい感覚は始末のつけようがなく、指で掻き出そうとすれば、ひどく傷つけられたそこの疼痛に呻いた。
 吐くものが無くなってしまっても身体の中に汚濁が残っているようで、全部出してしまいたくて激しく咳き込んだ。
「…畜、生ッ。」
 滲む涙はおそらく嘔吐した苦しさに呼ばれたもので。
 紡ぐ呪いの言葉すら支配を受ける弱者の叫びに過ぎず、浴室の中に空しく響いた。
 
 しばらく呆然と水に打たれていたが、すっかり冷え切った身体にようやく思考を取り戻した。
 濡れた身体を備え付けのタオルでくるみ、リオンはふらつく足取りで床に散らばる自分の服を拾った。
 散々泣いたせいで瞼が重く腫れぼったい。鏡を見たらひどい顔だろうと思う。
 ふと、薄暗い室内に無造作に転がった銀色の鍵が目に止まった。
 その鍵を使って扉を開き、ここから出て行くのは自由だと、ヒューゴは言った。
 選択肢は与えられているのだと。
 本名も肉親も感情ですらも、何もかも捨てて常に己を殺して全て諦めて…、失うものなどもう何もないと、そう思っていたのに自分にはこの鍵は使えない。
 汚されて支配されても、失いたくないものがまだ自分にはある。
「…これだけは。」
 リオンは呪文のようにつぶやいた。










2004  0110    RUI TSUKADA


 調教だし。
 犯して諦めさせ覚悟を決めさせるわけだが、男娼に仕上げるには上の口とか手の使い方も教育しないとなあ…。教育係がいたんかな?。

 それにしても、こーゆーの書くのは、やっぱあんまり気分が良くない。
 一方的すぎるというか。エロの必然性が出しにくいというか…。
 ヒューリオはリオン受のスタンダードだとは思うんだけど、狂人て、どーやって表現すればよいの〜、とか思ってしまう。 ヒューリオで説得力のあるエロ、 いつか書いてみたいね。